世の多くの皆さんにとって、春は新しい出会いの季節ですが、我々コーヒー業界で働く焙煎士、バリスタにとっては、それより少し前、年初から春先にかけてが出会いの季節なんです。
出会うのは、もちろんコーヒー豆! 世界の主要なコーヒー生産国が密集する中米は、毎年12~3月頃に新豆が収穫のピークを迎えるのです。
この時期は世界中から多くのコーヒーマンが中米各国へと赴き、新しい豆との出会いや今年の出来栄えを確認するため、各地の農園を巡ります。
私もその例に漏れず、今年2月に中米の農園をいくつか訪問してきましたので、今回はその道中での新たな発見や出会いについて、ご紹介していきたいと思います。
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目次
想像とはまったく違ったコーヒー農園の現実
私が東京・仙川で自家焙煎のコーヒー店を開業して以来、ずっと扱っている農園の豆がいくつかあるのですが、その中でまだ一度も現地を訪れたことがないところがありました。
毎日のようにその生豆を見て、焙煎しながら、どんなところで収穫されたのか考えるのですが、ある時それが想像の域を出ないことにいよいよ我慢ができなくなったんです。
そこで、今年の中米出張では「これまでずっと行きたかった農園をまとめて訪れよう」というテーマを設定し、念願だったいくつかの農園を訪問してきました!
満を持して訪れたそれらの農園は、私の想像をはるかに超える素晴らしいところばかりで、毎日が驚きと発見の連続。まさに「百聞は一見にしかず」という言葉通りの出張となりました。
では、以下よりさっそくご紹介していきましょう!
ニカラグア/サンタ・マウラ農園
最初にご紹介するのは、「パカマラ」という品種をメインに長年お付き合いしているサンタ・マウラ農園です。
当店のオリジナルブレンドでも大活躍のコーヒーで、欠かすことのできないレギュラーメンバーと言ってもいいでしょう。他にもブルボンやマラゴジッペといった品種も扱ったことがあります。
個人的にとても思い入れのあるサンタ・マウラ農園で、今回の訪問をとても楽しみにしていましたが、実際に訪れてみたら、そこは農園というより、もはや“ひとつの村”でした。
写真奥に鬱蒼とした小高い山が見えますが、なんとこの山が丸ごとコーヒー農園になっています。
その圧倒的な規模の大きさと、およそ日本人の知る農園のイメージとの乖離に思わず目を奪われてしまいますが、それよりも注目してほしいのがその手前にある施設です。
これはサンタ・マウラ農園内にある学校。小学校から高校までを兼ねているのですが、その運営は国や自治体ではなく、農園主さんがすべて自費で賄っているというから驚きです。
サンタ・マウラ農園には、普段400人程度の人が暮らしており、収穫の最盛期には1000人を超えることもあるそうです。それほどに規模の大きな農園なので、当然そこで生まれる子どもの数も多く、学校は不可欠なのだとか。
我々日本人の感覚では、農園というと家族経営を想像する人も多いかもしれません。しかし、ここサンタ・マウラ農園は先進国の大企業さながらに数百人が従事し、その日々の生活を約100年に渡って支え続けてきたのです。
コーヒーの生産によって、人々の人生を支えている。まさに「コーヒーの楽園」と呼ぶにふさわしい農園ではないかと思います。
ニカラグア/モンテ・クリスト農園
こちらはサンタ・マウラ農園で収穫されたコーヒーを日本に輸入してくれているゴメスさん所有の農園です。
ここのコーヒーも以前、当店で扱っていまして、ずっと行ってみたかった農園のひとつでした。
コーヒーの風味としては、ニカラグアらしいコクの強いタイプだったので、比較的なだらかな農園かなと想像していましたが……、実際の農園の様子はこちらです。
想像とは真逆のとんでもない急勾配にある、とても険しい農園でした。
写真では勾配のキツさがあまり伝わらないかもしれませんが、うっかり足を滑らせたら一気に麓までノンストップ! というくらいの急斜面にあります。
これほど険しい地形にも関わらず、コーヒーの収穫はすべて手作業。というより、機械が入っていけるような場所ではないため、人力でやるしかないというのが実情です。
摘み終わったコーヒーチェリーは、袋に詰めると約20~30キロの重さになりますが、それを精製所まで運ぶのも当然人力です。収穫以上に大変な仕事です。
袋を担いでいる間は手が使えない上、足元は傾斜した地面。しかも落ち葉が積もって滑りやすいという悪条件……本当に一瞬たりとも気が抜けません。
こんな過酷な環境にもピッカーさんたちは慣れたもので、次々と収穫したコーヒーチェリーを運んでいきます。
普段、平らなアスファルトの上で暮らしている我々には到底真似できるものではなく、コーヒー生産の厳しさを改めて痛感しました。
こうした生産者たちの苦労や頑張りがあるおかげで、私たちは今日もおいしいコーヒーが飲めるわけです。本当にありがたいことですよね。
生産者ならではのさまざまな工夫も!
農園での作業風景を眺めていると、環境に合わせて生産者が行っているさまざまな工夫を垣間見れるのも面白いところです。
ちょっとマニアックなお話しになりますが、実際に現場で見てきたものをいくつかご紹介します。
コーヒーの木の植え方
これはエルサルバドルのチャラテナンゴという地域を訪問した際、ある農園で目にした、ちょっとユニークな農園風景です。
写真は落ち葉が多いため、一見分かりにくいのですが、かなり勾配のキツイ斜面にこの農園はあります。
こういった斜面を農地として利用する場合、まず植える場所の地面を掘って平らに整え、それからコーヒーの木を植えていくのです。
これはコーヒーの木がまっすぐ上に伸びていく性質を持っているため。斜面に植えるとそのまま斜め(斜面に対して垂直)に育ってしまい、収穫など日々の管理がしにくくなるので、あらかじめ植える場所を平らに均しておく、というわけです。
また、木の根元を平らにしておくことで、斜面に比べて雨などで肥料が流されにくく、狙った通りの効果が得られやすい、とも言われています。
消費国にいると、こうした農園の工夫について見たり、聞いたりすることはまずありませんが、生産現場ではこうした日々の積み重ねが安定した生産、収穫を得る助けになっているのです。
イエローハニーとレッドハニーの違い
コーヒーの精製方法のひとつに「ハニープロセス」というのがあるのをご存じでしょうか?
一般的な精製方法の「ウォッシュド」の場合、コーヒーチェリーの果肉といっしょに「ミューシレージ」と呼ばれる粘液質の層も取り除いてから乾燥を行いますが、「ハニープロセス」ではこの「ミューシレージ」をあえて残して乾燥させます。
こうすることでミューシレージに含まれる糖が変化し、ハニープロセス特有のハチミツや砂糖を思わせる甘みが出るのです。
コスタリカでは、このハニープロセスで精製した豆を、さらに発酵具合によって「イエローハニー」、「レッドハニー」というように段階をわけています。
この段階は「ミューシレージの残量」で決まるとする解釈もありますが、実際の精製現場を訪ねてみると、これとは少し異なる解釈と出会いました。
ハニープロセスは果肉を除去してから2~3週間かけて豆を乾燥させますが、その間の天気によって発酵の進み具合に差が生じ、乾燥したコーヒー豆の色も違ってきます。
晴れの日が多く、発酵が十分だと豆の色は濃く「レッド」に、曇りの日が数日あって発酵が遅れていると豆の色は淡く「イエロー」になる、とある生産者は話していました。
上の写真は発酵の進み具合の違う豆をそれぞれ撮影したものです。色の濃さが違うのがわかるかと思います。
「レッドハニー」、「イエローハニー」の解釈は、一概にどちらが正しいというものではなく、農園の精製環境や設備、考え方によって、その捉え方にも幅があるようです。
こういった現場ならではの解釈やリアルな情報に触れられるのも、また農園視察の魅力であり、醍醐味といっていいでしょう。
変わらないのは、コーヒーへの情熱!
今回は、いくつかの農園訪問で新たに気づいたこと、発見したことをご紹介してきました。
国や地域、農園によっても習慣や環境はさまざまですが、その一方でどこへ行っても変わらないものもありました。
それは、農園で働く人々のコーヒーに対する情熱!
とくにスペシャルティコーヒーの生産者たちは「上質なコーヒーを作る」ことに真剣に取り組む、情熱にあふれた人ばかりです。
おいしいコーヒーを作り続けることで、消費国との信頼を勝ち取り、その品質に見合った対価を得ることで生活が安定する。その良いサイクルを続けられるように、皆さん日々努力を続けています。
新しいアイデアや技術を積極的に取り入れ、つねにチャレンジを忘れない、その良い意味での貪欲さには、いつも頭が下がる思いです。
これから彼らがどんな新しいコーヒーを作り出していくのか、私もひとりの焙煎士として、また一コーヒーファンとして、皆さんといっしょに楽しんでいきたいと思います。