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		CAFEND	</title>
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	<description>日常にカフェタイムを。 カフェ好きのためのWEBマガジン</description>
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	Thu, 07 May 2026 07:00:53 +0900	</lastBuildDate>
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	<title>歴史</title>
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	<item>
		<title>意外や意外のくり返し！日本のカフェの歴史とは</title>
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		<pubDate>Mon, 06 Jun 2022 23:00:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[大田 ちえこ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[カルチャー]]></category>
		<category><![CDATA[コーヒー]]></category>
		<category><![CDATA[カフェ]]></category>
		<category><![CDATA[コーヒーカルチャー]]></category>
		<category><![CDATA[喫茶店]]></category>
		<category><![CDATA[歴史]]></category>

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		<description><![CDATA[日本で初めてのカフェができたのは明治時代でしたが、オープン当初は時代を先取りしすぎて繁盛しなかったり、時には大人の男性向けの場所だったりと、意外な歴史があるのです。 &#160; コーヒーを出す場所なのに、アダルトな店だったとは驚きですよね…]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[日本で初めてのカフェができたのは明治時代でしたが、オープン当初は時代を先取りしすぎて繁盛しなかったり、時には大人の男性向けの場所だったりと、意外な歴史があるのです。

&nbsp;

コーヒーを出す場所なのに、アダルトな店だったとは驚きですよね。カフェが現在のように人の暮らしに馴染むまでには、さまざまないきさつがあったのです。

&nbsp;

関連記事：<a href="https://cafend.net/coffee-history/" target="_blank" rel="noopener">【コーヒーの歴史】珈琲の誕生からサードウェーブまで『コーヒー史大全』</a>

関連記事：<a href="https://cafend.net/specialty-coffee/" target="_blank" rel="noopener">【高品質・最高峰】サードウェーブの代名詞『スペシャルティーコーヒー』の歴史と定義とは？</a>
<h2>コーヒーが日本に本格的に輸入されたのは明治時代</h2>
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<span>日本にコーヒーが輸入され始めたのは明治前期です。</span><span>1856年(安政2年)にオランダから入荷されたのをきっかけに、2年後に正式に日本に輸入されるようになりました。</span>

&nbsp;

<span>始めは外国人が住む居留地へ向けた輸入でしたが、文明開化を迎え、日本人もコーヒーを口にするようになります。</span><span>さらに、神戸や東京などの茶屋の入口でコーヒーを出したり、輸入食品店でもコーヒーをみかけるようになったのです。</span>

&nbsp;

<span>また、今の喫茶店のような形でコーヒーを提供し始めたのは「</span><b>可否茶館(かひさかん)</b><span>」という店でした。</span><span>1888年(明治21年)に、可否茶館の創始者の鄭永慶(てい えいけい)は、当時、上流階級向けに作られた鹿鳴館に対し、庶民の社交場を作ろうと考えたのです。</span><span>可否茶館はビリヤードやトランプ、さらにはクリケットなど、欧米のグッズを揃えた先進的な店でした。</span>

&nbsp;

<span>しかし、可否茶館は時代を先取りしすぎていたため、店は軌道に乗らずに4年で廃業してしまったのです。</span>

&nbsp;

<span>後に、浅草にダイヤモンド珈琲店がオープンしたり、不二家などの菓子店が喫茶室を開設、そのほか銀座のウーロン亭(中国茶専門店)でコーヒーが出されるなど、いくつかの店がコーヒーを手がけました。</span>

&nbsp;

<span>時代は流れ、20世紀に入ると百貨店の食堂やミルクホール(新聞を読んだり牛乳を飲める場所)でもコーヒーが提供されるようになります。</span>
<h2><span>女給がコーヒーを出していた？カフェが大人の男性向けの店だった時代</span></h2>
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<span>可否茶館のオープンから約20年後、やっと鄭永慶が思い描いた時代がやってきました。</span>

&nbsp;

<span>1908年(明治41年)に、詩人・童謡作家の北原白秋は、同じく詩人の木下杢太郎や、美術同人誌「方寸」の石井 柏亭、山本 鼎(やまもと　かなえ)らに「まだ日本にないカフェ情緒をつくろう」とはなしを持ちかけます。</span>

&nbsp;

<span>そして、彼らはギリシアの牧神であるパンにちなんで「パンの会」という集まりを作りました。</span>

&nbsp;

<span>その後、彼らはいくつかの西洋料理店で会合をしますが、その中のひとつが「</span><b>メイゾン鴻(こう)の巣</b><span>」でした。</span>

&nbsp;

<span>木下杢太郎はこの店のコーヒーを、自らの詩集『食後の唄』で『まづまづ東京最初のCafeと云っても可い家』と記しており、食後のコーヒーにも力を入れている店だったのがわかりますね。</span>

&nbsp;

<span>1911年(明治44年)には銀座に「カフェー・ライオン」がオープンしますが、こちらは料理がメインで、コーヒーのほか、酒なども提供され、女給が料理や飲み物を運ぶスタイルの店でした。</span>

&nbsp;

<span>女給がカフェで働くようになり、カフェの形態も変化していきます。</span>

&nbsp;

<span>1920年(大正9年)ごろから、「カフェー」はコーヒーを出す店でなく、水商売や風俗業の店に変わっていったのです。</span>

&nbsp;

<span>また、当時の男性たちの間では、どこの店の女給が可愛いかが話題となりました。</span><span>女給が目的でカフェーに通う男性客もいるくらい、カフェーは話題の場所だったのです。</span>

&nbsp;

<span>1923年(大正12年)に関東大震災が起こりますが、それ以降の復興時に女給のいるカフェや喫茶店が一気に増えました。</span><span>特に水商売系のカフェが激増し、この流れは1929年(昭和4年)に警察が「カフェー・バー等取り締まり要領」を発令するまで盛り上がります。</span>
<h2><span>純喫茶としてコーヒーを出す時代になる</span></h2>
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<span>「カフェー・バー等取り締まり要領」が発令されて、「カフェー」は減少していきます。</span><span>その一方で、</span><b>純喫茶</b><span>と呼ばれる健全な営業の喫茶店が増えていきます。</span>

&nbsp;

<span>同時期に、カフェを開業したい人向けの雑誌『喫茶街』『茶と珈琲』といった専門誌も発刊され、多くの人がカフェに関心を持ち、自らコーヒー店をオープンさせます。</span>

&nbsp;

<span>盛り上がりを見せたカフェのブームも、1938年(昭和13年)にはコーヒー豆が輸入規制の対象となり、太平洋戦争が始まると同時に品薄状態になります。</span><span>さらには1944年(昭和19年)に完全に輸入停止になってしまい、今までのカフェ文化はここで途絶えてしまいました。</span>

&nbsp;

<span>太平洋戦争が終戦を告げても、カフェのメインであるコーヒー不足が続きます。</span><span>しかし、1950年(昭和25年)にコーヒー豆の輸入が再開され、現在のUCCやキーコーヒーなどの会社がコーヒー事業に参入し、再びカフェも増えていきます。</span>

&nbsp;

<span>戦後の経済成長とともに1960年(昭和35年)には生豆の輸入が自由化、翌年にはインスタントコーヒーの完全自由化などもあり、再びコーヒーが人々の生活に馴染んでいきます。</span><span>1970年(昭和45年)にはいざなぎ景気が終わりを迎え、いわゆる「脱サラ」して、喫茶店を開業する人が現れました。</span>

&nbsp;

<span>こうした開業ブームが盛り上がりを見せ、1981年(昭和56年)には国内の喫茶店の数は15万件を超えるほど増えていったのです。</span><span>このときが日本最大の喫茶店ブームであり、喫茶の「黄金期」と言われたのもこの時代でした。</span>

&nbsp;

<span>日本に初めてカフェができたのは明治前期ですが、世界のカフェ文化の発展に比べるととっても短い期間ですよね。</span><span>さまざまな紆余曲折を乗り越えたからこそ、今日のカフェがあるのではないでしょうか。</span>

&nbsp;

<span>ときにはお気に入りのカフェで、昔に思いをはせながら1杯のコーヒーを飲んでみるのもいいかもしれませんね。</span>

&nbsp;

&nbsp;

&nbsp;
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&nbsp;]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>マリー・アントワネット愛用の食器を復刻するフランス食器ブランド「ロワイヤル・リモージュ」</title>
		<link>https://cafend.net/royale-limoges/</link>
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		<pubDate>Wed, 17 Feb 2021 23:01:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ゆうき]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[おうちカフェ]]></category>
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		<description><![CDATA[フランスの陶磁器の歩みは、ロワイヤル・リモージュ抜きには語れません。ロワイヤル・リモージュは、フランスの陶磁器の発展に大きく貢献した食器ブランドです。 &#160; 本記事では、ロワイヤル・リモージュの歴史と特徴について詳しくご紹介します。…]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[フランスの陶磁器の歩みは、ロワイヤル・リモージュ抜きには語れません。ロワイヤル・リモージュは、フランスの陶磁器の発展に大きく貢献した食器ブランドです。

&nbsp;

本記事では、ロワイヤル・リモージュの歴史と特徴について詳しくご紹介します。

&nbsp;

関連記事：<a href="https://cafend.net/royal-worcester/" target="_blank" rel="noopener">イギリスの老舗食器ブランド「ロイヤルウースター」の歴史と代表シリーズをご紹介</a>

関連記事：<a href="https://cafend.net/sweden-roastrand/" target="_blank" rel="noopener">スウェーデン発【ロールストランド】温もりと気品をにじませる北欧食器をご紹介</a>
<h2>由緒あるフランスの名窯「ロワイヤル・リモージュ」</h2>
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フランスの磁器製造の歴史にその名を刻むリモージュの街。焼きものの街で誕生した食器ブランド「ロイヤル・リモージュ」の歴史をまとめてみました。
<h3>焼きものの街「リモージュ」の成り立ち</h3>
17世紀末、フランスでは東洋の白磁への憧れから、軟質磁器の製造が行われるようになりました。軟質磁器とは、ガラス粉末に石灰や白土を混ぜて低温焼成した白色陶器のことです。マルコポーロによって紹介された東洋の磁器は「白い宝石」と呼ばれ、ヨーロッパ各国の王侯貴族が夢中になって集めたといいます。そんな東洋の磁器に似せて作られた軟質磁器は、それまでフランスで製造されていたファイアンス焼きよりも、はるかに硬質磁器に近い磁器でした。

&nbsp;

ところが、18世紀初め、ドイツの小国ザクセンのマイセン窯がヨーロッパで初めて硬質磁器の焼成に成功することに。芸術の中心地を自負していたフランスは、なんとかしてマイセンの硬質磁器製法を我が物にしようと躍起になります。しかし、硬質磁器を作るのに欠かせない鉱物「カオリン」が、フランス国内ではまだ見つかっていませんでした。

&nbsp;

フランスの陶磁器界に転機が訪れたのは、マイセン窯が硬質磁器焼成に成功してから約60年後のことでした。1768年、とある女性がリムーザン地方のリモージュ近郊で、白くて粘土のように柔らかい土を偶然見つけます。その女性は白い土を布地の漂白剤として使用していたようですが、後に調べた結果、カオリンであることが判明しました。こうして硬質磁器の原料が発見されると、軟質磁器のセーブル焼きで有名だったセーブル王立磁器製作所に運ばれ、使用されることになります。

&nbsp;

しかし、当時のリムーザン知事は、地元で発見されたカオリンで硬質磁器を製造することを思い立ち、1771年に実業家のグレル兄弟の援助を得て磁器工場を設立しました。以来、リモージュの街は、次々と新しい製陶所ができ、華麗な硬質磁器を作る焼き物の街としてその名を馳せるようになります。

&nbsp;

関連記事：<a href="https://cafend.net/meissen-coffee/" target="_blank" rel="noopener">【ドイツの名窯】憧れの「マイセン」でワンランク上のコーヒータイムを</a>
<h3>ロワイヤル・リモージュの誕生</h3>
1737年に設立されたリモージュ窯（後のロワイヤル・リモージュ）は、リモージュで発見されたカオリンを使って硬質磁器の製造を始めました。それまでステンドグラスやエマイユと呼ばれる七宝焼きを作っていたリモージュ窯は、豊かな経験と優れた技術で、瞬く間に高品質の硬質磁器を焼成するようになります。

&nbsp;

1774年にアルトワ伯爵（後のフランス国王シャルル10世）の庇護下に入ったリモージュ窯陶製所は、王室御用達窯に認定されます。こうして、晴れてロワイヤル・リモージュになったリモージュ窯は、食器の裏側に「リモージュ」と刻印することを許された最初の窯となりました。

&nbsp;

ちなみに日本ではロワイヤル・リモージュとして知られていますが、ブランドの正式名称は「アンシェンヌ・マニュファクトゥア・ロワイヤル・ド・リモージュ」です。この名前からも、歴史あるロワイヤル・リモージュが、由緒正しい工房、誇るべき歴史を持つ工房だということがわかるのではないでしょうか。
<h2>美術館コレクションを復刻させるロワイヤル・リモージュ</h2>
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ここでは、ロワイヤル・リモージュのユニークな特徴をご紹介します。
<h3>ロワイヤル・リモージュの特徴</h3>
ロワイヤル・リモージュは、白磁の質を追求するだけにとどまらず、優美で色彩豊かな芸術性の高い磁器を製造していきました。こうして、18世紀に花開いたロワイヤル・リモージュは、その後も衰退することなく、19世紀には黄金期を迎えます。

&nbsp;

フランス国内生産、手作業による磁器製造にこだわったロワイヤル・リモージュは、1986年にフランスの高級食器ブランド「ベルナルド」の傘下に入ることになりました。そんなロワイヤル・リモージュの大きな特徴は、美術館所蔵の18、19世紀の作品の公式復刻版を製造しているという点です。

&nbsp;

世界各国の美術館に収蔵されている磁器は、歴史的な価値はもちろん、美術品や芸術品としての価値が高いものばかり。美術館と連携しているロワイヤル・リモージュは、高い陶製技術を駆使して過去の作品を現在に蘇らせ、いまを生きるわたしたちの手元に届けてくれる食器ブランドです。
<h3>マリー・アントワネットが愛した食器を復刻</h3>
フランスの超高級食器ブランド「セーヴル」といえば、フランスを代表する名窯です。少量生産のため希少性が高いセーヴルの作品は、フランス国外に流出することはほぼありません。しかし、高嶺の花であるセーヴル焼きも、ロワイヤル・リモージュの復刻版なら手が届くのではないでしょうか。

&nbsp;

1781年、マリー・アントワネット王妃は、300点もの食器を王立セーヴル磁器製作所に注文しました。その中でも、彼女が一番好きな花である青い矢車菊が描かれた食器セットは、ヴェルサイユ宮殿の庭に作られた「プチ・トリアノン宮」で使用するために作らせた食器だったといいます。

&nbsp;

セーヴル焼きの可憐な矢車菊の食器は、1782年6月、プチ・トリアノン宮を訪れたロシア皇太子夫妻に夜食をふるまった際に使用されました。現在、そのとき使用された食器は、ベルサイユ宮殿とルーブル美術館に展示されています。しかし、ロワイヤル・リモージュは、この矢車菊が描かれたマリー・アントワネット愛用の食器を復刻しました。

&nbsp;

矢車菊をこよなく愛したマリー・アントワネット王妃は、1793年に37歳の若さで断頭台の露と消えました。一説によると、ガラの悪い靴屋に引き取られたマリー・アントワネットの息子ルイ17世は、母親の死後も彼女が大好きだった矢車菊を摘んでは、健気に幽閉部屋の前に届けていたそうです。

&nbsp;

ロワイヤル・リモージュの復刻版「マリー・アントワネット」を手に取れば、フランス絶対王政の華やかな時代と、その終焉に思いを馳せることができるのではないでしょうか。

&nbsp;

関連記事：<a href="https://cafend.net/england-minton/" target="_blank" rel="noopener">イギリスの食器ブランド「ミントン」の器で心弾むひと時を</a>
<h2>おわりに</h2>
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18世紀や19世紀に製造された磁器はアンティークの域を超えた美術品に近いため、美術館でしかお目にかかれない作品がたくさんあります。しかし、ロワイヤル・リモージュが製造する公式復刻版の磁器なら、憧れの作品を手に入れることができるでしょう。現在、ベルナルドの公式サイトから、ロワイヤル・リモージュの復刻版「マリー・アントワネット」を購入できます。

&nbsp;

参照サイトURL：<a href="https://www.bernardaud.com/jp/jp" target="_blank" rel="noopener">https://www.bernardaud.com/jp/jp</a>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>偉業を成し遂げたのはコーヒーのおかげ？フランス皇帝ナポレオンが愛したコーヒー</title>
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		<pubDate>Thu, 02 May 2019 23:01:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ゆうき]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[カルチャー]]></category>
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		<category><![CDATA[ナポレオンコーヒー]]></category>
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		<description><![CDATA[いまから約200年前の時代に生きた人物、ナポレオン・ボナパルト。 &#160; ナポレオンは、ジャンヌ・ダルク、シャルル・ド・ゴールと並ぶ、フランスの国民的英雄のひとりに数えあげられます。フランスでは豚に「ナポレオン」と名づけることが法律で…]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[いまから約200年前の時代に生きた人物、ナポレオン・ボナパルト。

&nbsp;

ナポレオンは、ジャンヌ・ダルク、シャルル・ド・ゴールと並ぶ、フランスの国民的英雄のひとりに数えあげられます。フランスでは豚に「ナポレオン」と名づけることが法律で禁止されており、ナポレオンがいまでもフランス国民から敬愛されていることがうかがえます。そんなナポレオンですが、じつはコーヒー好きだったことでも有名です。

&nbsp;

本記事では、ナポレオンが残したコーヒーにまつわる逸話をご紹介します。
<h2>ナポレオンの出世に貢献したコーヒー</h2>
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アルコールよりもコーヒーを愛した偉大な英雄ナポレオン。人類史上もっとも優れた指揮官と名高い彼は、どのようにして成功を手に掴んだのでしょうか？
<h3>ナポレオンが出世街道を歩むまで</h3>
フランス皇帝の地位にまで上り詰めたナポレオンも、最初はフランス占領下だったコルシカ島出身のしがない軍人でした。しかし、ナポレオンには実力と運が備わっていたようです。卒業まで通常は4年ほどかかるフランスの陸軍士官学校をわずか11ヵ月で卒業したナポレオンは、コルシカ島独立運動の指導者と対立後、家族ともどもフランス本土に移住します。

&nbsp;

故郷であるコルシカ島を追われ、フランス政府にコネもツテもなかった貧しいナポレオンは、傷心の日々を送る中、「ボーケールの晩餐」という小冊子を自費出版します。コーヒーを飲みながら執筆を完成させたであろうこの小冊子により、熱烈なジャコバン派であることをアピールしたナポレオンは、すぐにフランス軍の砲兵隊長に抜擢されました。その後、フランス革命政府の中心人物だったロベスピエールの実弟オーギュスタンに気に入られ、1年たらずの間に大尉から少将へと大出世を果たします。
<h3>フランスのカフェ文化とナポレオン</h3>
まだお金に余裕のない軍人だったころから、ナポレオンはカフェに入り浸り、革命家たちと政治信条を語ったり議論したりする習慣がありました。18世紀半ばのフランス・パリには、500軒以上ものカフェが軒を連ねており、18世紀後半には1800軒ものカフェが存在したといわれています。

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当時のカフェはコーヒーを提供するだけではなく、芸術家たちの集うサロンとして、さらには革命家たちが意見を交わす政治サロンとしての役割を果たしていました。コーヒー代を支払うことができず、ときには軍用帽子を代金の代わりに置いていったナポレオン。革命家たちが集うカフェでのひと時がなければ、出世のきっかけとなった小冊子を執筆することもなかったのではないでしょうか。
<h2>生涯を通じてコーヒーを愛し続けたナポレオン</h2>
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人生の全盛期にも衰退期にも、コーヒーはナポレオンにとってかけがえのないものでした。
<h3>最強のフランス軍の公式飲料はコーヒーだった</h3>
ナポレオンはフランス軍の兵士たちに、「勇気を引き出してくれる飲み物」としてコーヒーを与えました。実際にナポレオンが指揮するフランス軍は負け知らずの快進撃を続け、ヨーロッパのほぼ全域を支配下に置きます。数多くの戦いに勝ち、勝率は9割を超えていたというから驚きです。圧倒的な強さを誇ったナポレオン指揮下のフランス軍でしたが、その秘密はダブーやマッセマといった優秀な部下たちに恵まれたことと、公式飲料のコーヒーにあったといえるかもしれません。
<h3>ナポレオンの失脚もコーヒーのせい？</h3>
35歳という若さでフランス皇帝の座に就いたナポレオンでしたが、コーヒーで勝ち取った成功をコーヒーで失うことになります。1806年、イギリスに経済的な打撃を与えようと行なった大陸封鎖令により、輸入品やコーヒーが入手しにくくなってしまいました。このことがフランス国民やヨーロッパ諸国の反感をあおり、やがてナポレオンは失脚し二度の島流しにあいます。

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1816年、絶海の孤島であるセントヘレナ島に幽閉されたナポレオンは、「ここ（セントヘレナ島）ですばらしいものといえばコーヒーだ」と述べたといわれています。東インド会社の記録によると、1732年にイエメンのモカ港からセントヘレナ島にコーヒーが持ち込まれ、コーヒー栽培がはじまりました。
<h3>最期までコーヒーを飲みたがったナポレオン</h3>
フランス近代史上もっとも偉大な英雄は、セントヘレナ島で生涯を閉じることになりました。体調が悪化し、コーヒーを飲むことを止められていたナポレオンは、「スプーン1杯だけでもいいからコーヒーをくれ」と周囲の人に懇願していたようです。死後解剖の結果、ナポレオンは胃がんが原因で亡くなったとされていますが、ヒ素中毒説や暗殺説も疑われています。しかし、ナポレオンの死因の謎はそれだけではありません。飲むことを禁止されていたにもかかわらず、彼の胃の中からはコーヒーの滓が見つかったと伝えられています。
<h2>英雄とコーヒーの切っても切れない関係</h2>
<img src="https://cafend.net/caf/wp-content/uploads/2019/04/coffee-2.jpg" alt="スプーンとコーヒー" width="901" height="600" class="alignnone size-full wp-image-18672" />

ナポレオンは生粋のフランス人ではありませんでしたが、天才的な軍事センスと政治手腕により、後代にまで語り継がれるほど偉大な英雄になりました。彼の残した数々の逸話からもわかるように、51歳でこの世を去ったナポレオンの人生には、コーヒーが欠かせないものであったことは間違いないといえるのではないでしょうか。

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関連記事：<a href="https://cafend.net/musician-coffee/" target="_blank" rel="noopener">偉業の影にコーヒーあり。コーヒーからインスピレーションを得ていた偉大な音楽家</a>

関連記事：<a href="https://cafend.net/instantcoffee-history/" target="_blank" rel="noopener">インスタントコーヒーの発明者は作家？！ インスタントコーヒーの歴史について</a>]]></content:encoded>
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		<title>インスタントコーヒーの発明者は作家？！ インスタントコーヒーの歴史について</title>
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		<pubDate>Tue, 18 Dec 2018 23:01:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ゆうき]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コーヒー]]></category>
		<category><![CDATA[知識]]></category>
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				<content:encoded><![CDATA[忙しい朝には、手早く淹れることができるインスタントコーヒーのお世話になるという方も多いのではないでしょうか。インスタントコーヒーは、ハンドドリップでコーヒーを淹れるときのように蒸らし時間を取る必要もなく、お湯を注ぐだけでコーヒーを作れるのが良いですね。

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ところで、簡単に作ることができるのが魅力のインスタントコーヒー、いったい誰が最初に発明したのでしょうか？ 本記事では、意外と知られていないインスタントコーヒーの歴史と発明者についてご紹介します。

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関連記事：<a href="https://cafend.net/instantwomen-instantcoffee/" target="_blank" rel="noopener">インスタント彼女とインスタントコーヒーやその製法</a>

関連記事：<a href="https://cafend.net/instant-coffee/" target="_blank" rel="noopener">コーヒー豆と挽豆（粉）やインスタントコーヒーの違い。その特徴とは？</a>
<h2>世界初のインスタントコーヒーはフランス人作家による発明</h2>
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世界発のインスタントコーヒーは、1881年にフランス人作家のアルフォンス・アレーによって発明されました。アルフォンス・アレーといえば、フランス文学者の澁澤龍彦から、「『黒いユーモア』という言葉は、彼のために作られた言葉だ」と評されたほど、ブラックユーモアに長けた作家です。

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ユーモア作家としての才能だけではなく、風変わりな発明家としても活躍したアルフォンス・アレー。子どもの頃から冗談が大好きで、薬局を営んでいた実家から下剤を盗み出し、下剤入りキャンディーを作って同じクラスの友人たちに配り歩いたという、過激な一面を表す逸話が残っています。

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薬剤師の見習い中には、薬局を訪れる客に対して適当な処方の薬を渡したり、冗談半分のアドバイスをしたりするなどしたためとうとう実家を追い出されてしまい、志願兵として軍隊に入隊します。その兵役中、アルフォンス・アレーは、「挽きたてのコーヒーが飲みたい」という声を数多く耳にします。このことがきっかけとなり、インスタントコーヒーが発明されることになりました。

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実は、1771年頃にはすでにギリスで発明されていたインスタントコーヒーですが、長期保存方法を見い出せなかったため、特許取得や製品化に至ることはありませんでした。しかし、アルフォンス・アレーは、軍隊のための携帯用コーヒーとして、コーヒーを凍結乾燥させたインスタントコーヒーを作ることに成功し、1881年3月7日に特許出願して「特許番号141530」を取得します。

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ところが、27歳のときに特許まで取得したものの、兵役後に戻ったパリ大学で文学に傾倒したアルフォンス・アレーには、インスタントコーヒーでひと財産を築こうという気持ちなどまったくありませんでした。

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関連記事：<a href="https://cafend.net/coffee-history/" target="_blank" rel="noopener">【コーヒーの歴史】珈琲の誕生からサードウェーブまで『コーヒー史大全』</a>
<h2>140年の歴史を持つインスタントコーヒー</h2>
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インスタントコーヒーの歴史は意外に長く、約140年近い歴史があります。インスタントコーヒーが製品化したのはいつのことか、どんな人々がインスタントコーヒーの製造を試みてきたのかについてご紹介します。
<h3>少しずつ市場に出回りはじめたインスタントコーヒー</h3>
1889年、ニュージーランドの南島で香辛料とコーヒーを販売していたデイビッド・ストラングが可溶性コーヒー粉末を製造し、「ストラング・コーヒー」として販売するようになります。実は、この「ストラング・コーヒー」こそ、世界初のインスタントコーヒー製品でした。

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「ストラング・コーヒー」が特許を取得してから10年後の1899年には、アメリカ・シカゴで化学者として活躍していた加藤サトリ博士が、コーヒーの輸入業者と焙煎業者にインスタントコーヒー製造を依頼されました。もともとは水に溶けるインスタントの緑茶を研究していた加藤サトリ博士でしたが、アメリカ人化学者の協力のもと、コーヒー抽出液を真空乾燥させて粉末にしたインスタントコーヒーを作る技術を発明しました。

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1901年に加藤サトリ博士は、ニューヨーク州で開催された「パンアメリカ博覧会」の製品館にて、新技術で作ったコーヒーを「ソリュブル・コーヒー」として出品します。加藤サトリ博士は、博覧会で好感触を得たコーヒーをなんとか商品にして世に送り出そうと、1903年には特許取得までしましたが、「ソリュブル・コーヒー」の商品化が実現することはありませんでした。

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その後、1906年にアメリカでは、ジョージ・ワシントンがインスタントコーヒーの製造法の特許を取得し、その製造法で作ったインスタントコーヒーを「Red E Coffee」として商品化します。アメリカで初めて、インスタントコーヒーの製造・販売に成功したジョージ・ワシントンでしたが、「Red E Coffee」は世界に普及するには至りませんでした。
<h3>インスタントコーヒーが世界に広まるまで</h3>
インスタントコーヒーを世界的に有名にしたのは、スイスに本社を置く世界最大の食品・飲料会社のネスレでした。1937年、ネスレがスプレードライ法による、インスタントコーヒーの発明に成功しました。その翌年の1938年には、スプレードライ法で製造したインスタントコーヒーを、「ネスカフェ」として販売するようになります。

&nbsp;

そうして、第二次世界大戦中には、アメリカ軍兵士たちに供給された「ネスカフェ」でしたが、戦後世界に広まることになり、インスタントコーヒーの存在が世界中に知られることとなりました。
<h2>歴史を知って感じるインスタントコーヒーの味わい深さ</h2>
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丁寧にハンドドリップで淹れたコーヒーの味と比較した場合、インスタントコーヒーの味は劣るかもしれません。しかし、インスタントコーヒーの歴史や、インスタントコーヒーが発明された背景に思いを馳せてみると、感慨深い気持ちになるのではないでしょうか。最近では、香り高いインスタントコーヒーも多く販売されており、カフェインレスのタイプや最高級のコーヒー豆を使用したタイプなど種類も豊富です。この機会に、自分にぴったりなインスタントコーヒーを見つけてみるのはいかがでしょうか。

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関連記事：<a href="https://cafend.net/cafe-history/" target="_blank" rel="noopener">意外や意外のくり返し！日本のカフェの歴史とは</a>

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参照サイト：<a href="https://lairdsuperfood.com/blogs/news/the-history-of-instant-coffee" target="_blank" rel="noopener">https://lairdsuperfood.com/</a>

<a href="https://www.ouest-france.fr/normandie/honfleur-14600/alphonse-allais-invente-le-cafe-lyophilise-4136034" target="_blank" rel="noopener">                     https://www.ouest-france.fr/</a>]]></content:encoded>
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		<title>【紅茶の歴史】ティーカップには持ち手がなかった？</title>
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		<pubDate>Thu, 06 Sep 2018 23:01:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[cafend編集部]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ライフスタイル]]></category>
		<category><![CDATA[紅茶・日本茶・ハーブティー]]></category>
		<category><![CDATA[ティーカップ]]></category>
		<category><![CDATA[マグ]]></category>
		<category><![CDATA[歴史]]></category>
		<category><![CDATA[紅茶]]></category>

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		<description><![CDATA[英国のアフタヌーンティー &#160; 紅茶と言えば、最初に英国のアフタヌーンティーを思い浮べる方は、多いのではないでしょうか。三段トレイに載せられた小さなサンドイッチや、スコーンや可愛らしいカップケーキなどと共に登場する、ウェッジウッドや…]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<strong>英国のアフタヌーンティー</strong>

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紅茶と言えば、最初に英国のアフタヌーンティーを思い浮べる方は、多いのではないでしょうか。三段トレイに載せられた小さなサンドイッチや、スコーンや可愛らしいカップケーキなどと共に登場する、ウェッジウッドやロイヤルドルトンなどの英国製のカップ＆ソーサー。日本でも、英国風のカフェで優雅にアフタヌーンティーを楽しむ女性が増えています。

<span> </span>

現在では普通に持ち手のあるティーカップですが、最初は<strong>持ち手がなかったってこと</strong>を、ご存じですか？

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本記事では、私たちが日常手にしているティーカップの歴史についてお話します。
<h2>憧れの中国磁器</h2>
ティーカップ＆ソーサーが、どこの国で生まれたか、ご存じでしょうか？ 中国では古くから磁器（ポーセリン）の茶器が作られ、<span>15</span>世紀には広くヨーロッパに輸出されるように。日本でも<span>16</span>世紀には有田焼が作られていますが、ヨーロッパはまだまだ磁器製造に関しては、東洋に遅れをとっていました。

<span> </span>

ぽってりとした陶器（ポタリー）は作られていましたが、真っ白な磁器の製法の秘密がどうしてもわからなかったのです。中国製の磁器は宝石のようにあがめられて、珍重されました。磁器のことを「チャイナ」と呼ぶのは、その頃の名残です。
<h2>ヨーロッパで最初に磁器を作ったのはどこか？</h2>
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それほど人気を得た磁器を自国でも作りたいと、当然ヨーロッパ諸国では考えます。他国に先駆けて磁器を作れば、莫大な利益を生むに違いありません。国益を賭けた大事業として、どの国も秘密裏に進めていたのです。

<span> </span>

磁器製造の秘密を探り、研究を重ねてついにヨーロッパ諸国でも磁器が完成するのですが、ヨーロッパで最初に磁器を作ったのは英国ではなく、ドイツでした。ドイツでは皇帝が、莫大な費用をかけて、錬金術師を城に幽閉し、研究させたのです。その城のあった場所が、<strong>世界最高峰の磁器として名高い「マイセン」</strong>です。
<h2>磁器は錬金術で作られた？</h2>
錬金術師・ベトガーは、当時ヨーロッパに溢れるほどいたインチキな錬金術師の一人で、金を作ることが出来ると大ボラを吹いでいました。金製造を期待されますが、どう頑張っても何もないところから金を作り出すのは無理な話で、ベトガーはごまかすために、陶工に職替えをしていました。そこで今度は、磁器を作るよう命ぜられてしまうのです。

<span> </span>

ドラマや映画なら、人生最大のピンチ！ですが、悪運強いベトガーは、何とか無事磁器の製法を解明し、<span>1710</span>年にはマイセンで磁器製造が開始されます。面白いことに、金を作り出すことが出来ないために、錬金術師を追われたベトガーが、白磁の秘密を発見したのは、皮肉にも錬金術師的な能力でした。陶器より高温で焼くことで、粘土の物質を変化させたのです。

<span> </span>

そんなすごい発明をしたベトガーですが、秘密保持のために磁器発見後も幽閉され、結婚も許されなかったため、酒におぼれて<span>37</span>歳の若さで亡くなってしまいました。ヨーロッパの歴史に名を刻む功績を上げたというのに、お気の毒です。運が良かったのか悪かったのか・・・
<h2>シノワズリとティーボウル</h2>
こうして、ようやくヨーロッパでも磁器が作られるようになりました。その頃高価なお茶が交易によってもたらされ、王侯貴族を中心に、アフタヌーンティーの習慣が始まったのです。オリエンタルな中国風の絵付は人気を博して「シノワズリ」（中国趣味）ともてはやされました。

<span> </span>

絵付けだけでなく、その形状も中国のものがそのまま持ち込まれます。最初に使用されたのは、現代の私たちが緑茶を飲むのと同じ、ハンドル（取っ手）のない<strong>「ティーボウル」</strong>と呼ばれる小さなお茶碗でした。ただ、湯のみに塗り物の茶托を組み合わせる日本式と違い、ティーボウルには、同じ柄を描いた深めのソーサーを組み合わせて使用。ちなみに、熱い紅茶をソーサーに移して飲むために、ティーボウルとソーサーには、同じだけのお茶を注ぐことができるそうです。
<h2>実用とフォーマルとの戦い</h2>
サロンでは優雅な貴婦人たちが、膝にティーボウルとソーサーを置いて会話を楽しんでいましたが、やはり「このティーボウルが熱いのは、どうにかならないか」という不満が聞かれるようになります。この願いは相当切実だったのでしょう。<span>1710</span>年のマイセンの磁器製造開始から<span>40</span>年後の<span>1750</span>年には、すでにハンドルのついたティーカップが作られるようになりました。

<span> </span>

ティーカップが作られるようになってからも、ティーボウルこそがフォーマルと、頑なに使い続ける人もいましたが、紅茶の値段が下がり、広く飲まれるようになると、セミ・フォーマルな会を中心に、ティーカップは爆発的に広まって行ったのです。
<h2>ヨーロッパ独自のデザインへ</h2>
<img src="https://cafend.net/caf/wp-content/uploads/2018/08/pexels-photo-156918-1024x682.jpeg" alt="紅茶" width="1024" height="682" class="alignnone size-large wp-image-12911" />

ティーボウルにハンドルが付くのと前後して、絵付けにも変化が見られるようになります。それまでの中国風から脱却して、ヨーロッパに咲く花々や紋章・人物などを描いたロココ調のデザイン様式になっていくのです。

<span> </span>

さらに、ドイツに遅れを取った英国では、さらに独自の路線を歩み始め、<span>1774</span>年には、炻器（ストーンウェア）の「ジャスパーウェア」を発売。美しい「ウェッジウッドブルー」の地にカメオのようなレリーフ装飾の古典主義的なスタイルは一世を風靡し、世界中で大ブームとなります。

<span> </span>

また、磁器製造に必要な良質の白色粘土が入手困難だった英国では、陶土に牛の骨灰を混ぜたボーンチャイナの製造を始めます。真っ白から灰白色に近い磁器に比べて、乳白色で温かみのあるボーンチャイナは多くの愛好家を獲得。ロイヤルドルトン、ロイヤルウースター、ロイヤルクラウンダービーなど、「ロイヤル」を冠する多くの英国の陶磁器メーカーで、ボーンチャイナは作られています。

<span> </span>

日本のノリタケでも<span>1933</span>年にボーンチャイナの製造に成功し、現在は同社の主力商品です。<span>19</span>世紀から戦前に作られた手の込んだ細工の施されたテーブルウェアは「オールドノリタケ」と呼ばれ、世界中のコレクターを魅了し続けています。

<span> </span>

ヨーロッパで最初に磁器を作り上げたドイツのマイセンは、現在も世界最高級の地位に君臨。代表作の東洋的なブルーオニオンをはじめ、ピンクのバラの美しさでも、他社の追随を許しません。

&nbsp;

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		<item>
		<title>紅茶がきっかけになった、アヘン戦争とボストン茶会事件とは？</title>
		<link>https://cafend.net/tea-war/</link>
		<pubDate>Sun, 17 Jun 2018 23:08:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[三島 圭 (ミシマ ケイ)]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ライフスタイル]]></category>
		<category><![CDATA[紅茶・日本茶・ハーブティー]]></category>
		<category><![CDATA[アヘン戦争]]></category>
		<category><![CDATA[ボストン茶会事件]]></category>
		<category><![CDATA[歴史]]></category>
		<category><![CDATA[紅茶]]></category>

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		<description><![CDATA[2013年12月、僕は当時付き合っていた彼女と決別した。別れた原因を友人たちには「すれ違い」と話していたのだが、実際はそのきっかけはとても情けないものだった。僕がクリスマスのディナーに、餃子のチェーン店をチョイスしてしまったことが、別れの引…]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[2013年12月、僕は当時付き合っていた彼女と決別した。別れた原因を友人たちには「すれ違い」と話していたのだが、実際はそのきっかけはとても情けないものだった。僕がクリスマスのディナーに、餃子のチェーン店をチョイスしてしまったことが、別れの引き金になったのだ。

&nbsp;

&nbsp;

僕が失恋したおよそ170年前の話。

&nbsp;

&nbsp;

1840年6月、イギリスは中国との貿易関係のもつれから戦争をした。当時イギリスは戦争の原因を「英国・外交官への攻撃」と主張していたが、その理由はとても情けないものであった。イギリスは輸入品である<span style="color: #ff0000;"><strong>紅茶</strong></span>を懐を痛めず手に入れたいがために、麻薬である「アヘン」を輸出品に用いたことが戦争の引き金になったのだ。イギリスと中国との貿易関係のもつれ、そして『アヘン戦争』へ。

&nbsp;

&nbsp;

紅茶が、発端となっておこったアヘン戦争、ボストン茶会事件、この時、歴史はどのように動いていたのでしょうか？。

&nbsp;

&nbsp;
<h2>1700年代後半のイギリスと中国の貿易関係</h2>
<img src="https://cafend.net/caf/wp-content/uploads/2017/05/pexels-photo-799091-e1528768700771.jpeg" alt="" width="930" height="618" class="alignnone size-full wp-image-11072" />

今では世界各地で収穫されている紅茶の茶葉ですが、18世紀後半は中国がほぼ独占しており「<span style="color: #ff0000;"><strong>お茶が欲しいなら中国と貿易するしかない</strong></span>」という状態でした。当時、イギリスでは紅茶が大流行しており中国から茶葉を大量に輸入していました。

&nbsp;

&nbsp;

ですが、イギリスは中国に輸出するものが少なかったので、お茶を手に入れるため仕方なく「銀」で支払いをしていました。「茶葉」と引き換えに「銀」――そんな貿易では当然赤字になってしまい、イギリスはとんでもないことを思いつきました。

&nbsp;

&nbsp;

「中毒性の高い麻薬(アヘン)を中国に輸出して、その金で茶葉を買おう!」

&nbsp;

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にわかに信じがたい話なのですが、実際に行われた出来事です。イギリスから輸出されたアヘンは中国全土に広まり、中毒者が続出します。

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事態を重くみた中国政府は何度もアヘンを禁止する法律を施行しましたが、効果は薄くアヘン中毒者は増加するばかり。そしてイギリスは国の銀を消費することなく茶葉を手に入れることができるようになりました。

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<h2>アヘン戦争が勃発した経緯とは？</h2>
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アヘンが蔓延した中国は国力がどんどん低下していきます。「もうアヘンを取り締まるのは不可能だから、アヘンに関税を掛けよう」という意見もありましたが、<strong>中国の官僚『林則徐』という人物は「いや、アヘンは完全に中国から排除すべきだ」</strong>という意思の元、徹底的な取り締まりを開始します。

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アヘン商人に対し林則徐は「アヘンで商売をしたら死刑」と宣言し誓約書を書かせます。そしてイギリス人が持ってきたアヘンを、全て没収し焼却処分したのです。焼却したアヘンの量はなんと1400トン以上と言われています。

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林則徐の徹底した取り締まりに身の危険を感じた、中国在住のイギリス外交官『チャールズ・エリオット』は、1839年にマカオに退去します。しかし、元々イギリスのことを快く思っていなかった林則徐はマカオを武力封鎖しエリオットを締め出したのです。

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エリオットは、船上に避難してイギリス政府に救援を求めました。アヘンが原因での戦争だったこともあり、イギリス議会は「不義の戦争」と反対意見もありましたが、僅差で中国出兵が決まりアヘン戦争の幕開けとなったのです。
<h2>アヘン戦争の終結。勝敗はどちらに？</h2>
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1840年、イギリスの艦隊が中国に侵攻します。当時の中国は陸上戦を得意としていましたが、海上戦における装備や戦術が整っていません。対する<strong>イギリスは世界屈指の海軍を保有</strong>していたため、アヘン戦争はイギリスの圧倒的な勝利にて幕を閉じました。

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そして、イギリスは中国に対し1841年、『川鼻条約』（貿易の再開や賠償金の支払いなど）を締結させます。しかしイギリスのやり方に反抗する勢力の動きが活発化し、川鼻条約は反故にされてしまいました。

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中国の条約拒否の報復として、イギリスは再び中国に侵攻し壊滅的ダメージを与え完全に降伏させたのです。そして1842年の8月、イギリスは川鼻条約よりもさらに厳しい『南京条約』を中国に調印させアヘン戦争は終結しました。
<h2>ボストン茶会事件とは、どんな出来事なのでしょうか？</h2>
<img src="https://cafend.net/caf/wp-content/uploads/2017/05/oleg-guijinsky-21357-unsplash-e1528769079149.jpg" alt="" width="930" height="620" class="alignnone size-full wp-image-11073" />今回はアヘン戦争を中心に記事を書きましたが、紅茶にまつわる戦争の話はもうひとつあります。それは『ボストン茶会事件』です。ちょっと変わった名称なので、聞き覚えのある人もいるかと思います。この事件はアヘン戦争の約70年前の1773年に起こった事件です。

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当時のイギリスは、フランスとの戦争により財政が悪化していました。そこで<strong>植民地だった北アメリカに、印刷物（新聞やパンフレットなど）を作った際はイギリスに税金を納める『印紙法』を制定</strong>しました。

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これを聞いた北アメリカは「それだったらイギリス議会に、北アメリカの代表者を送りたい。」と申し出ました。しかし、イギリスはこれを拒否します。

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この流れから生まれた言葉が「代表なくして課税無し」というものです。イギリスの対応により北アメリカ側の不満は募ります。イギリスは事態の収拾のため、<strong>印紙法を廃止しましたが「お茶には税金をかける」</strong>と通告したのです。

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北アメリカでは紅茶が大流行していたため、この通告をきっかけにお茶をオランダから密輸入する流れが広まります。当時、北アメリカはイギリスからしかお茶を買うことができない、とイギリスの法律で規定されていたのです。

&nbsp;

そんな状況のなか、イギリスからお茶を載せた船がアメリカのボストン港に到着します。アメリカ側はこの船の荷揚げを拒否します。

&nbsp;

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船の責任者は事態が落ち着くまで、停泊することにしました。しかし1773年12月16日、停泊中の船を革命派グループが襲撃します。「ボストン港をティーポットにする」と叫びながら、船に積んであった茶箱を海に投げ入れたのです。

&nbsp;

これをきっかけにイギリスは北アメリカに出兵。アメリカ独立戦争の幕開けになります。余談ですが、「イギリスからの紅茶を買わない」というアメリカの風潮は、のちに紅茶不買運動に発展します。

&nbsp;

&nbsp;

今でもアメリカでは紅茶派よりもコーヒー派が多いのは、この不買運動が根底にあるとされています。

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<h2>歴史のもしもと、自分のもしも！</h2>
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もしも世界に紅茶が存在しなくても、アヘン戦争に似た戦争は起きていたのかもしれない。それは中国という資源の多い国を侵略したい国は当時からたくさんあったと思うし、イギリスは中国を侵略する口実を探していただけなのかもしれない。そんな風に歴史の「もしも」を想像するのは楽しい。

&nbsp;

だが不思議なことに、もしもクリスマスのあの日、僕が「餃子ではなくローストチキンをチョイスしていたのなら」……そんな風に考えてみてもまったく楽しくない。自分の歴史の「もしも」ほど、後悔にまみれたものはなかった。

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<a href="https://cafend.net/england-tea/" title="イギリスの紅茶の飲み方から世界の紅茶事情まで" rel="bookmark">イギリスの紅茶の飲み方から世界の紅茶事情まで</a>]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>コーヒーの知られざる歴史。日本にコーヒーが広まった理由とは？</title>
		<link>https://cafend.net/coffeehistory-spread/</link>
		<pubDate>Fri, 25 Aug 2017 23:00:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[大田 ちえこ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[カルチャー]]></category>
		<category><![CDATA[コーヒー]]></category>
		<category><![CDATA[coffee]]></category>
		<category><![CDATA[歴史]]></category>

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		<description><![CDATA[私たちがいつも気軽に飲んでいるコーヒー。コーヒーは昔、アラビア人が薬として飲んでいたのが飲み物としての始まりといわれています。アラビアから始まったコーヒー文化、いったいどのようにして日本に伝わったのでしょうか。 &#160; そして、どうや…]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[私たちがいつも気軽に飲んでいるコーヒー。コーヒーは昔、アラビア人が薬として飲んでいたのが飲み物としての始まりといわれています。アラビアから始まったコーヒー文化、いったいどのようにして日本に伝わったのでしょうか。

&nbsp;

そして、どうやって日本人の生活に欠かせない飲み物になっていったのか、その歴史と理由を探ってみました。

&nbsp;

関連記事：<a href="https://cafend.net/coffee-history/" target="_blank" rel="noopener">【コーヒーの歴史】珈琲の誕生からサードウェーブまで『コーヒー史大全』</a>
<h2>コーヒーはいつからどうやって日本に<span>入って</span>きたの？</h2>
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コーヒーが<span>日本に</span>伝わってきたのは江戸時代の中頃。

&nbsp;

長崎から入国したオランダ人によってコーヒーは持ち込まれました。しかし、当時の日本人にとってコーヒーの香りと味は「焦げ臭い飲み物」でしかなく、口に合わないものでした。

&nbsp;

肉など味の濃い食材を食べる西洋の食事に<span>は</span>マッチするコーヒーですが、野菜を中心とした食生活をおくる日本人の口にはとうてい馴染めないものでした。

そのため、当時のコーヒーは受け入れられることはなく、時代は流れていきます。

&nbsp;

明治時代に入り、日本も文明開化の時代を迎えました。

1888年<span>(</span>明治<span>21</span>年<span>)</span>東京に日本で最初のコーヒーのお店ができたのです。

その名も「可否茶館」。

オーナーの鄭永慶は過去にアメリカに留学していたこともあり、可否茶館をフランスのカフェのように文学者や芸術家が集まる店にしたいと考えていました。

&nbsp;

しかし、彼の考えは時代に合わ<span>ず</span>、可否茶館は数年で閉店となります。

&nbsp;

明治の終わりごろになり、日本に喫茶店の文化が根付きます。

この頃から銀座にカフェパウリスタやカフェプランタンなどの喫茶店が次々とオープンしていき<span>、</span>オシャレに関心が高い人や、芸術家などが集まる人気スポットとなっていきました。

&nbsp;

関連記事：<a href="https://cafend.net/heiseic-offeehistory30/" target="_blank" rel="noopener">【平成もあと少し！】日本のコーヒー業界、30年の歴史についてまとめてみた</a>
<h2>戦争の影響でコーヒーが飲めない時代になる</h2>
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まもなくして、日本は戦争を始めます。

<span>一度</span>は日本人の生活にも普及し始めたコーヒーですが、外国からの輸入量はぐっと減少します。

代用品として大豆や麦を炒ったものが出回りますが、その味は本来のコーヒーとはかけ離れた味わいでした。

&nbsp;

更にコーヒーは、<span>1939</span>年<span>(</span>昭和<span>14</span>年<span>)</span>に贅沢品に課せられる物品税がかかるようになります。

&nbsp;

戦争が激しくなる中、<span>1942</span>年<span>(</span>昭和<span>17</span>年<span>)</span>にコーヒーの輸入は完全にストップされ、日本軍だけしか手に入れられない状態となっていきます。

これが俗にいう「コーヒー暗黒時代」です。

現代は誰しもが気軽に飲めるコーヒーですが、当時は贅沢かつ敵国の飲み物とされて、贅沢品のレッテルを張られたのです。

&nbsp;

1945年<span>(</span>昭和<span>20</span>年<span>)</span>に日本は戦争を終えますが、コーヒー豆の輸入はすぐに再開はされることなく過ぎていきます。

ようやくコーヒー豆の輸入が再開されたのは、終戦から<span>5</span>年後の<span>1950</span>年<span>(</span>昭和<span>25</span>年<span>)</span>。

輸入再開と同時に、コーヒーの物品税は<span>50%</span>から<span>30%</span>に下がり<span>、さらに</span>コーヒー豆が日本での生産が出来ないという理由から、徐々に税率が引き下げられていきました。

日本の復興に合わせて再び喫茶店やホテルも営業を始め、ふたたびコーヒーが提供されるようになりました。

&nbsp;

戦後の混乱が続く中でコーヒーは消費されますが、まだ以前のように気軽に手に入る状態ではなく、庶民にとっては高嶺の花でした。

&nbsp;

1901年<span>(</span>明治<span>34</span>年<span>)</span>にアメリカ・シカゴにいる日本人の科学者によってインスタントコーヒーが開発されます。

その後も改良を重ねたインスタントコーヒーは、<span>1931</span>年<span>(</span>昭和<span>6</span>年<span>)</span>にはアメリカ軍の携帯品のひとつに加えられ、更に需要も高まりました。
<h2>インスタントコーヒーの普及で庶民も飲める時代に</h2>
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1956年<span>(</span>昭和<span>31</span>年<span>)</span>にインスタントコーヒーにも輸入外貨が割り当てられて、市場にも出回るようになりました。

その<span>4</span>年後の<span>1960</span>年<span>(</span>昭和<span>35</span>年<span>)</span>にはコーヒーの生豆が自由に輸入できるようになりました。

そして国内の様々なメーカーからインスタントコーヒーが発売され、次の年にはインスタントコーヒーの輸入も自由に出来る様になっていきます。

その影響をうけ、外食産業のレギュラーコーヒー、家庭用のインスタントコーヒーが浸透し、誰もが気軽にコーヒーを飲める時代になっていったのです。

&nbsp;

コーヒーが日本に伝えられてから、生活に密着するまでにとても時間がかかりました。

現代の生活の中で、コーヒーがなじみ深いものになった背景には、インスタントコーヒーの開発が影響しているといえます。

また、戦後の日本人の食生活が西洋料理に感化されたことも、大きく関係しているのではないでしょうか。

&nbsp;

ときには遠い昔に思いをはせながら、一杯のコーヒーを味わうのもまたおつなものといえるでしょう。]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>世界一のコーヒー豆はブラジル産！？おすすめはアラビカ種で中挽き！</title>
		<link>https://cafend.net/coffee-brazilian/</link>
		<pubDate>Thu, 20 Apr 2017 00:00:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[三島 圭 (ミシマ ケイ)]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コーヒー]]></category>
		<category><![CDATA[豆・淹れ方]]></category>
		<category><![CDATA[アラビカ種]]></category>
		<category><![CDATA[コーヒー豆]]></category>
		<category><![CDATA[ブラジル]]></category>
		<category><![CDATA[歴史]]></category>

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		<description><![CDATA[「ブラジルのイメージは“コーヒー”ですよね！」そんなニュアンスで書いてあるコーヒー関連サイトをよく見かける。んなこたない。ブラジルのイメージは「サッカー」と「サンバ」だと思う。だが調べてみるとコーヒーの輸出量世界一ではないか。 &#160;…]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[「ブラジルのイメージは“<strong>コーヒー</strong>”ですよね！」そんなニュアンスで書いてあるコーヒー関連サイトをよく見かける。んなこたない。ブラジルのイメージは「サッカー」と「サンバ」だと思う。だが調べてみるとコーヒーの輸出量世界一ではないか。

&nbsp;

さらにコーヒー文化が国民に浸透し過ぎているため、歯医者の待合室にコーヒーが出るなんて話も聞いてしまった。最初はジョークだと思ったがどうやら実話らしい。そんなぶっとんだ国、ブラジルのコーヒー事情を解説します。
<h2>ブラジル産のコーヒーがNO.1たるゆえんは「アラビア種」？</h2>
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なんと世界に流通しているコーヒー豆の約30％がブラジル産。当然、生産量は世界1位！ブラジルには熱帯雨林・熱帯高原が多く、コーヒー豆を栽培するのに適した地域とされ、特にゴイヤス州・サンパウロ州・ミナス州では盛んにコーヒー豆の栽培が行われている。

&nbsp;

コーヒー豆にはアラビカ種、ロブスタ種、リべリカ種の三種に大別されるが、この中で最も品質が高いのはアラビカ種。ブラジルではこのアラビカ種を主に栽培している。つまり、ブラジルは「<strong>品質の高いコーヒーを世界一大量に生産している</strong>」ということなのだ。このことからブラジルは“コーヒーの国”と呼ばれているのではないだろうか。
<h2>ブラジル産のコーヒー豆の特徴</h2>
「ぜひとも高品質と言われるブラジルのコーヒー豆を買ってみたい！」そう思われる人もいるかと思う。しかし、“ブラジル産のコーヒー豆”と一言に言ってもその種類は多岐にわたる。

&nbsp;

コーヒー豆専門店の多くは

「ブラジル・サントスNO2・スクリーン19・ストリクトリーソフト」
などと表記して豆を販売しているので、コーヒー豆に詳しくない人は3秒で理解を放棄してしまうだろう。

&nbsp;

「ブラジル」→　生産国
「サントス」→　出荷される港の名前
「NO2」→　300g中の欠点豆の量。NO2～NO8まであり、数字が大きいほど欠点豆が多い
「スクリーン19」→　豆のサイズ。数字が大きいほど大粒。平豆はNO12～20、丸豆はNO8～NO13に分類される。
「ストリクトリーソフト」→　味の格付け。ストリクトリーソフトが最高級とされ、順にソフト、ハード、リオゾナ(リオイ)とランクが下がる。

&nbsp;

この表記の読み方は、ブラジルのサントス港で出荷された、欠点豆が少なく大粒。味の格付けは最高級の豆ということになる。
<h2>ブラジル産のコーヒーは中煎りがおすすめ！</h2>
ブラジル産のコーヒーの特徴は“安心感”のある味とされている。つまり、後味や苦味、酸味のバランスが優れているので非常に飲みやすいのだ。焙煎の際に注意したいのが焙煎時間。

&nbsp;

焙煎時間は「中煎り」が良いとされるが、

&nbsp;

中煎りは
「ミディアム・ロースト(16分～18分)」
「ハイ・ロースト(18分～20分)」
「シティ・ロースト(20分～21分)」

&nbsp;

と分けられる。数分の差なのだが苦味の出方が大きく変わるので、自分で焙煎する場合には煎り分けしてみても面白いかもしれない。
<h2>ブラジル産のコーヒーは庶民が飲めない高級品？</h2>
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ブラジル人と言えば陽気なイメージがあるが、ブラジル産コーヒーの歴史は暗い。19世紀、ブラジル産のコーヒーは主に奴隷が栽培し利益はアメリカがかすめとっていたのだ。1850年の奴隷制度の廃止に伴ない、奴隷だった人にも賃金が発生するようになったが、利益の大半はアメリカが握っており、その図式は今現在でも続いている。

&nbsp;

事実、ブラジル人の多くは自国で作っている高級豆でコーヒーを飲む人は少ない。ほとんどの人が欠点豆やロブスタ種で淹れたコーヒーを飲んでいるというのだ。その側面を考えながらブラジル産のコーヒーを飲むと、ありがたみもひとしおである。

&nbsp;

関連記事：<a href="https://cafend.net/coffeehinshu-matome/" target="_blank" rel="noopener">【世界の産地８選まとめ】コーヒー豆の種類と特徴とは？</a>

関連記事：<a href="https://cafend.net/brazil-coffee/" target="_blank" rel="noopener">ブラジル産コーヒーの味と特徴【生産量世界一の豆の魅力とは】</a>]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>正解ってあるの！？ コーヒーマスターへの道  その５</title>
		<link>https://cafend.net/coffee-master05/</link>
		<pubDate>Sun, 12 Mar 2017 15:35:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[まきのりな]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[エディターズブログ]]></category>
		<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[アメリカ]]></category>
		<category><![CDATA[イギリス]]></category>
		<category><![CDATA[コーヒー協会]]></category>
		<category><![CDATA[スペシャル]]></category>
		<category><![CDATA[ライター]]></category>
		<category><![CDATA[世界]]></category>
		<category><![CDATA[日本]]></category>
		<category><![CDATA[歴史]]></category>

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		<description><![CDATA[「スペシャリティーorスペシャルティー」 ちょっと前に、ライターの森山さんにスペシャルティーコーヒーって何？ って記事を書いていただいたんだけど、そこで面白い発見があったので、ちょっと改めて記事として掲載しようと思いました。 コーヒーの注文…]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<h3>「スペシャリティーorスペシャルティー」</h3>
<img src="https://cafend.net/caf/wp-content/uploads/2017/03/DSC_3091-1024x576.jpg" alt="" width="1024" height="576" class="alignnone size-large wp-image-407" />
ちょっと前に、ライターの森山さんに<a href="https://cafend.net/2017/02/17/213/">スペシャルティーコーヒーって何？</a> って記事を書いていただいたんだけど、そこで面白い発見があったので、ちょっと改めて記事として掲載しようと思いました。

コーヒーの注文をする際に、大きく分類を分けるとしたら、本当に大きく括りすぎだけど、ブレンドコーヒーとシングルオリジンに分けられると思います。
その中で、巷で話題になったり最近、よく耳にすることも多い「サードウェーブコーヒー」
詳しい内容は、<a href="https://cafend.net/2017/03/08/356/">サードウェーブって何？</a>　の記事の中で、わかりやすく紹介されているんですが、時代の流れとともに現代のコーヒー文化として生まれたサードウェーブコーヒーの中で注目されてるのが、「スペシャルティーコーヒー」です。

そこで、ちょっと紛らわしく、「スペシャリティーorスペシャルティー」どっちが正しいのか……という疑問でてきたんですね。

いつもお世話になっているライターの森山さんが、色々とお調べしてくれたので紹介したいと思います。
<h3>World English Dictionaryによれば</h3>
speciality or chiefly (US and Canadian) specialtyと書かれています。
つまり、イギリス英語では「スペシャリティ speciality」と書くこともある(※)が、アメリカ（カナダ）英語では「スペシャルティ specialty」なのです。これを踏まえて、各団体のウェブサイト名を見てみましょう。

※元々は中世後期英語"specialite"から来た言葉。

<a href="http://scaa.org/index.php?goto=home" target="_blank" rel="noopener">SCAA</a> Specialty （＝スペシャ「ル」ティ） Coffee Association of America
<a href="https://sca.coffee/" target="_blank" rel="noopener">SCAE</a> Speciality （＝スペシャ「リ」ティ） Coffee Association of Europe

世界のスペシャルティコーヒー協会の中では、SCAAがその先駆けとして1982年に設立されています。
これに対してSCAEは1998年にロンドンで設立されました。
このため、SCAEではイギリス式の"speciality"（＝スペシャ「リ」ティ）という語が用いられたようです。

日本では「日本スペシャルティコーヒー協会」 "Specialty Coffee Association of Japan (SCAJ)"という形で、
現在はアメリカのSCAAに倣った英語表記／カナ表記が採用されています。
つまり、どちらでも英語としては間違いではないけど、「現在、日本の協会が採用している表記は『スペシャルティコーヒー』である」というわけです。

実はSCAJのサイトの<a href="http://www.scaj.org/" target="_blank" rel="noopener">「概要」</a> を見ていただくと判るように、1999年に、"World specialty coffee conference"が日本で開催されることになり、
SCAJの前身である「全日本グルメコーヒー協会 (1987年発足)」が主催に当たることになったときに、
名称変更して「スペシャルティ」の語が名前に入ってます。
ただし当初は「日本スペシャリティーコーヒー協会」という名前だったようです（ただし英語表記は"specialty"だった模様）。
しかし、カンファレンスの終了後、2003年に「国内外に向け、より開かれた協会として」新規設立され、このときに現在の名称になったようです。
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<h3>なるほどね。。。</h3>
ヨーロッパでは、スペシャリティーコーヒーと呼ばれ、アメリカではスペシャルティーコーヒーと呼ばれてるんですね。
コーヒーの歴史を辿ると元来、コーヒーの文化はアメリカで大きく発展し、なかなかコーヒー豆の流通が難しく安定して品質の整ったコーヒー豆を確保することが難しかったヨーロッパは、エスプレッソやアレンジコーヒーといった独自の発展を遂げてきました。
ここでは、シングルオリジン価値観やコーヒーの品質の保持・クオリティー評価の基準などを考えて書いていただく記事タイトルは「スペシャルティーコーヒー」でいきましょう！　ということになりました。

コーヒーの世界って、難しい。]]></content:encoded>
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		<title>【コーヒーが広まった理由】コーヒーの深い歴史を掘り起こせるのか（２）</title>
		<link>https://cafend.net/coffee-history02/</link>
		<pubDate>Thu, 02 Mar 2017 16:12:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[三島 圭 (ミシマ ケイ)]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コーヒー]]></category>
		<category><![CDATA[知識]]></category>
		<category><![CDATA[コーヒー文化]]></category>
		<category><![CDATA[喫茶店]]></category>
		<category><![CDATA[歴史]]></category>

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		<description><![CDATA[コーヒーには深い歴史があります。1000年以上前からコーヒーはこの世界にあり、そして人間たちと面白い関係を保ちながら存在しています。 今回は、どうやってコーヒーが世界に広まっていったのか。そんな話について書いていきます。 &#160; 前回…]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[コーヒーには深い歴史があります。1000年以上前からコーヒーはこの世界にあり、そして人間たちと面白い関係を保ちながら存在しています。

今回は、どうやってコーヒーが世界に広まっていったのか。そんな話について書いていきます。

&nbsp;

<span style="font-size: 10pt;">前回の記事はこちら↓</span>

<strong><a href="https://cafend.net/coffee-history01/" title="【コーヒーと僧侶の意外な歴史】コーヒーの深い歴史を掘り起こせるか（１）" rel="bookmark">【コーヒーと僧侶の意外な歴史】コーヒーの深い歴史を掘り起こせるか（１）</a></strong>
<h2>コーヒーが世界に広まるまで～喫茶店の登場や日本への伝播～</h2>
9世紀のイランの哲学者アル・ラーゼスの著書によると、コーヒー豆は焙煎されておらず、<strong>「収穫→すり潰す→煮る」</strong>という調理法が採用されていました。

&nbsp;

当然ながら美味しいはずはなく、<a href="https://cafend.net/coffee-history01/" target="_blank" rel="noopener">僧侶の秘薬として用いられていた</a>そうです。

&nbsp;

13世紀に入り、豆を焙煎する技術が確立されてからは、味や香りが人気を呼び、アラビアの市民も好んでコーヒーを飲むようになったとのこと。

&nbsp;

1554年には世界初の喫茶店「カーヴェハーネ」がイスタンブールに開店し、コーヒー文化はさらなる盛況を見せます。しかし、喫茶店内では政治批判などの談合が数多く行われたことにより、政府によって閉店に追い込まれる店もありました。

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それでもコーヒーの人気は衰えず、1600年代にはインドやイギリス、アメリカにも波及していきます。

&nbsp;

1650年にはイギリスで多くの喫茶店がオープンし、中でも『ギャラウェイ』という喫茶店は金融センターに近接していたことから、ビジネスマンの情報交換場として連日賑わいました。
<h3>コーヒーが日本に伝わったのはいつか</h3>
一方、日本にコーヒーが伝わったのは18世紀頃と言われています。

&nbsp;

ですが、コーヒーの苦味は日本人の舌に合わなかったことや、鎖国中ということも手伝い、コーヒーは上流階級の珍味的扱いに留まりました。

&nbsp;

一般の人がコーヒーを飲むようになったのは、欧風食文化が広まった明治時代末期頃とされています。その後、1899年にインスタントコーヒー、1958年に缶コーヒーが発明され、多くの日本人がコーヒーを嗜むようになったのです。
<h2>歴史とともに進化するコーヒー。未完成からの可能性</h2>
食べ物や飲み物は歴史と共に洗練されていき“完成”を迎えます。

&nbsp;

ですが、コーヒーは不思議なもので、『長い歴史を持ちながらも、進化し続ける飲み物』なのかもしれません。

&nbsp;

発祥から1000年以上経った現在でも、新たな製法や淹れ方が考案されています。

&nbsp;

これは良い意味での『未完成』なのではないでしょうか。

&nbsp;

“食”の貪欲さも追いつけない飲み物『コーヒー』。

&nbsp;

次はどんなスタイルで登場するのか興味が尽きません。]]></content:encoded>
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