イギリスのコーヒーの歴史は紅茶よりも古いと聞くと、意外に思う人も多いのではないでしょうか。17世紀に起こった清教徒革命の後、コーヒーブームが到来したイギリスでは、各地にコーヒーハウスが建てられました。
現在もたくさんのカフェが建つイギリスですが、世界の他の国と同じく、スペシャルティコーヒーを提供するカフェの数も増加の一途を辿っています。
本記事では、そんなイギリスのスペシャルティコーヒー専門ロースタリーの中でも、老舗ロースタリーと名高い『Hasbean(ハズビーン)』のコーヒーレジェンドたちをご紹介します。
目次
コーヒー業界の巨人が創業した『Hasbean(ハズビーン)』
『Hasbean(ハズビーン)』(以下、Hasbean)は、イギリス中部スタッフォードシャーの都市スタッフォードに拠点を構えるロースタリーです。
1999年に創業されて以来、20年以上に渡って最高品質のスペシャルティコーヒーを供給しているHasbeanは、イギリスのスペシャルティコーヒーの黎明期を支えたロースタリーのひとつに数えられます。ここでは、Hasbeanを創業したコーヒーレジェンドについてご紹介します。
イギリス・サードウェーブの立役者
コーヒービジネスに携わる人なら、スティーブ・レイトン(Steve Leighton)さんの名前をご存知の人も多いでしょう。ワールド・バリスタ・チャンピオンシップに登場する赤いスーツの男性司会者といえば、「ああ、あの人か! 」とピンとくる人もいるのでは?
じつは、Hasbeanは、コーヒー業界で超が付くほど有名な人物であるスティーブさんによって創業されました。
7歳のときにコーヒーに興味を持ち、大人になってHasbeanを立ち上げた彼は、コーヒーのサードウェーブ時代の最前線で活躍した人物です。30人以上ものコーヒー生産者たちと長期的なパートナーシップを築き上げることができたのは、彼の愛すべき人柄はもちろん、フットワークの軽さがなせる業だといえるでしょう。
「コーヒー豆を注文したいなら、デスクの前に座って、パソコンをカチャカチャするだけでも十分なんだよ。だけど、僕は実際に現地に行ってみるタイプの人間なんだ。コーヒー生産者たちは仕事上のパートナーや同僚以上の存在で、大切な友だちだからね。」と、あるインタビュー記事でスティーブさんは述べています。
世界中を飛び回るコーヒー豆バイヤー
HasbeanのYouTubeチャンネル『In My Mug』を観れば、すばらしいコーヒー豆を求めて世界各地を訪れる彼の様子を知ることができます。また、彼が執筆した『Coffeeography』(2017年出版)の中では、彼の友人であるコーヒー生産者たちが、どのような人たちであるのかが詳細に記述されています。スティーブさんは本を出すに当たり、下記のように述べました。
僕たちがおいしいコーヒーを飲めるのは、彼らのおかげでもある。コーヒー生産者って言葉からイメージするのは、帽子をかぶって裸足で畑仕事に精を出す人なんじゃないかな。 いかにもステレオタイプなイメージだけどね。
でもね、そんなイメージは彼らの本質を表すには不十分。みんなそれぞれに人生があって、ストーリーがあるんだから。」
スティーブさんはコーヒー豆のバイヤーとして自らの足で現地を訪れて数百種類以上ものコーヒーを調達し、1日に最大70回ほど焙煎作業に身を費やすのだそう。献身的ともいえるほどのコーヒーへの情熱は、彼を瞬く間にコーヒー業界の巨人へと押し上げました。
ワールド・バリスタ・チャンピオンシップの名物司会者
スティーブさんは、オーストリア・ウィーンで開催された2012年のワールド・バリスタ・チャンピオンシップで司会進行役に抜擢されます。それ以降、彼は数年に渡って司会を引き受け、すっかり名物司会者となりました。
井崎英典さんが世界一のバリスタに選ばれた2014年大会でも司会を務め、コーヒー業界で「スペシャルティコーヒーの権威」として不動の地位を築き上げます。このように世界的なコーヒーブームの中心で活躍してきたスティーブさんですが、コーヒーの未来について下記のように述べました。
地球の気候変動は、コーヒーの収穫量と品質に影響を与えるんだ。すでにその影響は出ているし、もう無視できないところまで来ているのが実状だよ。」
Hasbeanのように最高品質のコーヒー豆しか扱わないロースタリーのコーヒーを好む人であれば、なおさら、いつまでもおいしいコーヒーを飲むことができるよう願ってやまないはず。
コーヒーの未来が脅かされている中、生産者側も消費者側も、自分になにができるのかを考えて行動することが求められているのではないでしょうか。
バリスタチャンピオンが所属する『Hasbean(ハズビーン)』
数多くの優秀なスタッフが働いているHasbeanですが、デール・ハリス(Dale Harris)さんもその内のひとりです。
ここでは、ワールド・バリスタ・チャンピオンシップで優勝経験を持つデールさんについてご紹介します。
異業種からの転身
幼い頃からコーヒーにただならぬ情熱を抱いていた、Hasbeanの創業者であるスティーブさんに対し、成人してからコーヒーの魅力にとりつかれたというデールさん。すでにファッション業界でキャリアをスタートさせていましたが、コーヒー業界に飛び込むためにそのキャリアを手放します。
2007年当時のロンドンはスペシャルティコーヒーを提供するカフェの数もまだ少なく、デールさんが住んでいた地域には一軒もない状態でした。そんな中、ひとまずチェーン展開しているカフェに就職し、スペシャルティコーヒーの世界に潜り込む機会を伺ったといいます。
その後、2009年にはじめてイギリス国内のバリスタ・チャンピオンシップに出場したのをきっかけに、デールさんはスペシャルティコーヒーと深く関わるチャンスを得ます。
バリスタとしてのスキルを磨き続けると同時に、毎年のようにバリスタ・チャンピオンシップに参加した結果、ついに2017年のワールド・バリスタ・チャンピオンシップでチャンピオンの座を獲得しました。
世界トップバリスタのタイトルを8年間かけてようやく手に入れたデールさんは、成功のカギは誠実さと勤勉さにあると述べています。チェーン店のカフェ店員から世界トップのバリスタの地位に辿り着くまでには、相当の努力が求められたに違いありません。
何年もあきらめずにチャレンジできたのは、彼に多大な影響を与えたスティーブさんをはじめ、タイトルを競い合う仲間であるバリスタたちから良い刺激を得ていたからなのではないでしょうか。
スティーブさんを尊敬する彼は、現在Hasbeanを代表するバリスタトレーナーであると同時に、卸売りディレクターとして働き、国内の顧客のもとを訪問するために1週間のほとんどを車移動に費やしているのだそうです。
コーヒーで広がる人生の選択肢
バリスタとして世界の頂点に立ったデールさんですが、彼にとってワールド・バリスタ・チャンピオンシップでの優勝はゴールでもあり、スタートでもあったのだといいます。次なる夢に向かっているデールさんは、あるインタビュー記事の中で下記のように述べました。
とはいえ、コーヒーにはさまざまな側面があって、たくさんのことに興味を持つ良いきっかけ、人生の選択肢を広げるきっかけになると思っています。
例えば、農業についてもっと知りたいと思いますし、パティシエのスキルをもっと磨きたいとも思っているんです。僕はパンを焼くのが好きなんですが、とくにクロワッサン生地なんかを上手に作れるようになりたいですね。」
マイペースにキャリアを築いている様子のデールさんは現在もHasbeanで活躍中で、たびたびYouTubeチャンネル『In My Mug』に登場して、おいしいコーヒーの淹れ方やコツなどをレクチャーしています。
一方、スウェーデン・ストックホルムにあるロースタリー「Drop Coffee」の共同経営者、アイルランド・ダブリンにあるロースタリー「3FE」の共同経営者となっているスティーブさんは、2021年に彼がゼロから立ち上げたHasbeanを売却し、イギリスの老舗ロースタリーは別の経営者に運営されることになりました。
偉大な創業者の手元を離れたHasbeanは、いまも変わらず最高品質のスペシャルティコーヒーを供給し続けています。確かに、コーヒー業界のレジェンドであるスティーブさんがHasbeanを売却したときには大きなニュースになりましたし、一部のファンからはコーヒー豆の品質が落ちるのではないかと心配されてもいました。
しかし、Hasbeanがロースタリーとして、これまでコーヒー生産者と強固な信頼関係を築いてきたことを考えると、そんな心配は杞憂に過ぎないと結論付けることができます。
イギリス国内だけではなく、ヨーロッパにも数多くの顧客を持つロースタリーのコーヒーが気になった方は、公式サイトを訪れてみてはいかがでしょうか。
参照サイトURL:
https://europeancoffeetrip.com/
https://remarkable.fireside.fm/