上野駅周辺にはアメ横や上野動物園など観光スポットが有名だが、なぜか上野には独自な雰囲気が漂っている。「昔ながらの昭和感が漂うレトロな純喫茶があるはずだ」と思いを馳せながら歩くことにした。
どうしたことか、大きな駅には変なオブジェがそびえ立つのが慣わしらしい。
上野駅も例に漏れず、巨大で変なオブジェがそびえ立っていた。
得てしてこんなものは高尚な芸術家がデザインしたものなのだろうが、どこまでも低俗にできている僕には露聊かも理解できない代物である。
――それがとても悔しい。
曲がりなりにも物書きという生業で口に糊をしている以上、芸術を解さないのは、味音痴のコックとでも言おうか、致命的な欠陥だと思う。
しかし、石に齧りついても芸術畑に居座りたい僕は「う~ん。あの赤い棒と金色の輪っかみたいなヤツがディヴァインを感じさせるわけだな...」などとわけの分からないことを呟きながら、そそくさと浅草口へ純喫茶店を探しに向った。
「浅草口」なんて名前の出口なのだから、そこを抜けた瞬間、雷門の提灯がデーンと現れ、味のある純喫茶店もジャーンと出てくるであろうと予想していた。しかし、目の前に現れたのは消費者金融のビルとでかい道路だけだった。
◆◇高級喫茶 古城◇◆
東京都台東区 3丁目39−10 光和ビル B1F 03-3832-5675
浅草寺どころじゃない、今回の目的“味のある喫茶店”すら見当たらない。半ば諦め気味で浅草通りをトボトボと歩いていると、ある看板が現れた。
「高級喫茶 古城」という看板である。確かに純喫茶を探してはいたが、おいそれと入るわけにはいかない。考えてもみてほしい。低級ではなく高級。
つまり、この店は「松茸」や「ベンツ」といった高級品の親戚みたいなものだ。下手に入店して「入場料二万八千円です。ぺこり」などと言われたら目も当てられない。僕は恐る恐る店前まで足を運んだ。
通された席はやはり高級だった。ゆったりとしたソファ、辺り一面ステンドガラス、天井には巨大なシャンデリア。
それだけに、全体的に庶民的な価格設定のコーヒーメニューは俄かには信じがたいものだった。「お決まりでしょうか?」と店員がやって来た。
メニューも覚悟も決まってはいなかったが、半ば反射的にコーヒーメニュー最上部にあったブレンドコーヒーをオーダーした。
しつこいようだが、もう嫌んなっちゃうくらい高級なコーヒーカップ。本当に490円なのか? もしかしてドルじゃないのか? はたまたユーロか? などと思いを巡らせながらコーヒーを飲み終え、レジに向う。
――490円になります。
本当に良かった...。
◆◇珈琲 丘◇◆
東京都台東区上野6丁目5−3 03-3835-4401
「古城」を出て、浅草通りを歩けど気になる純喫茶は見当たらなかったので仕方なく、一度、上野駅まで戻り、違う出口から喫茶店を探すことにした。
僕は東京出身者ではあるが、アメ横に来たのは初めてであった。
なぜ、いままで訪れなかったのかと後悔するほど賑やかで、楽しい場所だ。ウロウロしたい気持ちを抑えながら、純喫茶を探していると一軒、なんとも年季の入った純喫茶が現れた。
珈琲「丘」。アメ横から一本外れた「御徒町駅前通り」沿いにある純喫茶である。
最初に訪れた「古城」も独特の雰囲気があったが丘もかなりのもの。普段の僕なら、その雰囲気に蹴落とされていたが、古城で鍛えられた分、すんなりと入店することができた。
オレンジ色の灯りで統一された店内はどこか懐かしい気持ちにさせてくれる。
昭和60年生まれの僕がこんなことを言うのは生意気なのだが、丘は古き良き昭和の雰囲気に包まれた喫茶店だ。
店内はほぼ満席でガヤガヤとしていたが、耳障りではなく、むしろその喧騒に居心地の良さすら感じてしまうのが丘という店の不思議である。
僕らは、少なくとも僕は「純喫茶」という言葉を忘れていたような気がする。ふと、辺りを見渡せば、それは喫茶店ではなく「カフェ」と呼ばれるものばかりだからだ。
時代や流行、ニーズに沿ったカフェは洗練された魅力があるが、丘のように時代に迎合しない喫茶店にもまた違った魅力を感じる。
丘のコーヒーは予想通りシンプルな味わいで気取った感じが一切しないものだった。しかし、この店は雰囲気を楽しむものなのだと思う。
“味のある純喫茶”というのが採点基準であれば間違いなく満点であろう。