一杯のコーヒーができるまでにはいくつかの工程がありますが、コーヒー豆を「飲める」状態にし、香りやおいしさを引き出すために欠かせないのが「焙煎」です。
しかし、ひと口に「焙煎」と言ってもその過程で何が行われているのか、詳しくご存知の方は少ないのではないでしょうか?
そこで、今回から3回にわたって「コーヒーの焙煎」について、コーヒー初心者の方にもわかりやすく、またさまざまな角度から掘り下げていきたいと思っています。
その初回となる今回は、「そもそも焙煎って何なの?」という基本的な部分にスポットを当ててご紹介していきます。
なぜ、コーヒー豆を焙煎をするのか。
日々、自家焙煎店の店主として過ごしていると、「焙煎」という工程が「意外と認識されていないなぁ」と感じることがあります。
コーヒーがお好きな方でも「なぜコーヒー豆を焙煎するのか」、その理由までは知らないという方が意外と多いのです。
コーヒー豆を焙煎する理由は単純明快。焙煎しないとコーヒーの味にならないからです。
焙煎する前の段階のコーヒー豆を「生豆」と呼びますが、この生豆は下の写真のような見た目をしています。
一般の方はコーヒーの生豆を目にする機会がほぼないと思います(焙煎士になる前の私もそうでした)ので、お店で売られている焙煎後のコーヒー豆とはまったく様子が違うことに少し驚かれるかもしれません。
焙煎前のコーヒー豆は、皆さんがよく知っている茶色くふっくらした見た目ではなく、少し青みがかっています。当然この段階では我々が「コーヒー」として認識している味は存在しません。
仮にこれを砕いて抽出しても、味や香りどころかコーヒーの色すら出ず、植物特有の青臭さしか感じられないでしょう。
この状態から、コーヒーの味や香りを生み出すために「焙煎」という工程が必要になるわけです。
焙煎の過程で豆に何が起きているのか?
そもそも「焙煎」とは、油や水などを使わずに高温で食材を乾煎りし、加熱乾燥させることです。
この焙煎の工程を経ることで、コーヒーの生豆には以下の2段階の変化が生じます。
①生豆から水分を抜く
②コーヒーの成分を作る
コーヒーの味を作るためには、まず生豆に含まれている水分をしっかり抜かないといけません。
生豆は焙煎する前の状態で、10~12%程度の水分を含んでいますが、焙煎後はこれが2%未満にまで減少します。
この段階でちゃんと水分が抜けていないと、いわゆる「生焼け」の状態となり、抽出液には不快に感じるエグ味や酸味が出やすくなります。
そのため焙煎工程の序~中盤では、強い火力でしっかり水分を飛ばすことが重要となります。
ある程度生豆の水分が抜けたら、今度はコーヒーらしい風味の成分が作られる段階へと進んでいきます。
コーヒー豆の焙煎ではガスや電気を熱源にして加熱を行いますが、この熱によってコーヒー豆の中の成分にさまざまな化学反応が起こります。
元々あった成分が分解され、その成分がさらに変化して……という具合に複雑に反応が進んでいって、コーヒーの苦味や酸味、香りなどの成分が作られていくのです。
生産地や農園、精製方法によって焙煎後の風味が違ってくるのは、生豆が持っている成分がそれぞれ違うためと言われています。
持っている成分が違えば、そのあとに生まれる成分もまた異なり、最終的にできあがるものも変わってきますので、産地ごとにコーヒーの味が違ってくるというわけです。
焙煎の中~終盤は、このコーヒーの成分を作るという過程になります。
焙煎度合による味の違い
焙煎の話をするとき、よく出てくるのが「焙煎度合」についての単語です。
「浅煎り」や「深煎り」、「シティロースト」や「フレンチロースト」といった言葉を聞いたことがある方も多いと思いますが、これらはすべてコーヒー豆の焙煎度合を表しています。
焙煎度合とは、そのコーヒー豆が「浅煎りから深煎りまでの、どの段階で焙煎が終わっているか」を表現したもの。「どの段階で焙煎が終わっているか」によってコーヒーの風味にも大きく影響が出てくるのです。
非常に大雑把ですが、コーヒーの成分を「酸味系の成分」と「苦味系の成分」に分けるとします。
焙煎中、このふたつの成分は作られるタイミングが違うのです。
以下はコーヒーの焙煎度合を図にしたものです。このうち、浅煎り(ライトロースト~ミディアムロースト)の段階では、おもに酸味系の成分が作られていて、苦味系の成分はまだ作られていません。
このため浅煎りで焙煎を終えたコーヒー豆は、軽い印象で酸味が強い風味になります。
苦味系の成分は、中煎り(ハイロースト以降)の段階に入ると徐々に増えていき、深煎り(フレンチロースト~イタリアンロースト)へと進むにつれて、その成分量はどんどん多くなっていきます。
それと並行して酸味系の成分は分解されて少なくなるため、さらに苦味が強くなるというわけです。
コーヒーの味に対する焙煎の重要度
焙煎士としてコーヒーに携わっていると、1杯のコーヒーを作るために関わる工程が3つあります。
①生豆の選定
②焙煎
③抽出
その中でも、②の焙煎はコーヒーの味に対してもっとも影響力が大きいファクターだと私は考えています。
同じコーヒー豆でも焙煎度合を変えれば、まったく違う味に仕上がります。これは前述のとおり、コーヒー豆の中で作られる成分の量と組み合わせに差ができるためです。
一方、③の抽出工程では、淹れ方によって味の濃度に変化をつけることはできますが、酸味や苦味といった味の方向性まで変えることはできません。
当然ですが、すでに精製された生豆の質を変えることもできないので、焙煎によってそのコーヒー豆の基本的な風味は確定されるというわけです。
ちなみに「焙煎度合によって風味が違う」のは、「自家焙煎店ごとに味が違う」ことと密接に関係しています。
自家焙煎を行っているコーヒー店の多くは、浅煎りから深煎りまでつねにあらゆる焙煎度合のコーヒー豆を扱っているわけではなく、お店ごとに得意とする守備範囲を持っています。
とくにこだわっているお店だと「浅煎りのみ」、「やや浅煎り~深煎り」、「深煎りのみ」と焙煎度合を絞っていることもあり、それがそのままお店の個性ともなっているのです。
焙煎度合と味の関係についても知っておくと、自分の好みに合ったお店を見つけやすくなると思います。
よくわからないという方は、まずは苦味と酸味のバランスが取れた中煎りあたりのコーヒーから始めてみてください。それを基準に、さらに浅煎り、深煎りと比べてみることで、焙煎による味の違いも明確に感じ取れると思います。
この焙煎度合の違いがわかれば、コーヒー選びの楽しさはさらに広がりますので、興味を持たれた方はぜひ試してみてください!