コーヒー豆が本来持っているポテンシャルをしっかりと引き出し、「飲める」状態へと最終的な仕上げをする工程が焙煎です。
その大切な工程で、私たち焙煎士が何を見て、感じて、焙煎の状況を判断しているのか。また、焙煎中のコーヒー豆にはどんな変化が起きていて、影響を及ぼす要素にはどんなものがあるのか、そのあたりについて詳しく書かれた記事はまだまだ多くありません。
ご家庭で趣味の焙煎を楽しまれる方が増えている、という話もよく聞きますので、今回はちょっとマニアックに、焙煎に影響を与えるさまざまなファクターについて解説していきたいと思います。
焙煎士の相棒、焙煎機には種類がある
コーヒー豆の焙煎に影響を与える数々の要素の中でも、最初に挙げておくべきものと言えば、当然「焙煎機」です。
私たちのような自家焙煎店では、概ね写真のような焙煎機を使用しています。
このタイプの焙煎機は、内部に円筒形の筒(ドラム)を内蔵していることから「ドラム式」と呼ばれています。
このドラムに生豆を入れ、回転させながら撹拌し、ドラムの下から加熱することで焙煎を行う仕組みです。
ドラム式の焙煎機は加熱のしかたによって、さらに以下の3種類に分類することができます。
種類 | 特徴 |
直火式 | ドラムに小さな穴がたくさん開いていて、バーナーの火がコーヒー豆に直接当たる |
半熱風式 | 「直火式」のようにドラムに穴が開いておらず、熱せられたドラムと空気で焙煎する |
熱風式 | 熱源がドラムの下ではなく離れた場所にあり、そこで熱せられた空気をドラム内に送り込んで焙煎する |
加熱方式によるコーヒーの風味、味わいの違いを単純に語ることはできませんが、ハード的にはそれぞれ以下のような特徴があると言われています。
種類 | 特徴 |
直火式 | 熱はよく伝わるが、撹拌が弱いと煎りムラができやすい。香ばしい風味に仕上がる傾向が強い |
半熱風式 | 直火と熱風の中間でバランスが良く、安定した火力が特徴。直火式に比べると、やや個性が出にくい |
熱風式 | 煎りムラが少なくふっくら焙煎できる。一部で熱伝導が弱い傾向も見られ、水抜き不足や風味が弱くなることも |
上記はあくまでも一般論で、焙煎士の使い方、考え方次第で結果はいくらでも変わってきます。
焙煎士にとって焙煎機は、大切な相棒であり欠かすことのできない仕事道具でもありますが、しっかりした理論に基づいてさえいれば、どんなタイプの焙煎機であっても問題なく焙煎ができると私自身は考えています。
焙煎の状況を知るための3つの要素
焙煎機を使って焙煎をする場合、中のコーヒー豆の様子をつぶさに観察することはできません。
一部、小窓が付いていてドラム内の様子を見られる機種もありますが、基本的には本体に取り付けられたテストスプーンで焙煎中の豆を少量取り出し、豆の様子を見ることで焙煎の状況を確認します。
プロの焙煎士は焙煎中に何を見て、感じて、豆の焙煎状況を知るのでしょうか? 私が焙煎中に活用している情報は以下の3つです。
①豆の見た目(豆面)
②音
③香り
焙煎機の多くは温度計が付いていて、内部の豆の温度を知ることができます。この温度計もひとつの情報源として活用することはできますが、私の場合はあくまで進行状況を見るための目安としています。
正確に状況を把握するには、やはり豆から直接情報を得るのがもっとも確実。それがこの3つの要素なのです。
①の「豆の見た目」で大きな情報となるのは色です。
焙煎前の生豆は淡い緑や白っぽい色をしていますが、焙煎することで黄色、オレンジ、茶色と変化していき、フレンチローストなどの深煎りになると黒色に近くなっていきます。
この色の変化でコーヒー豆が今、どんな状況なのかを推測することができます。
また、通常の焙煎では加熱によって豆が爆ぜる、「ハゼ」という音が2回鳴るのですが、1回目のハゼ(1ハゼ)の頃は、コーヒー豆の表面がしわしわになります。
ここからさらに焙煎が進むと徐々にしわが薄くなっていき、2ハゼを迎える頃にはほとんどしわが消えています。この見た目の変化も焙煎状況を知る大事な情報源です。
②の「音」とは、「ハゼ」の音のことです。
音による焙煎度合いの判断は、お店や焙煎士さんによって異なりますが、当店の場合は1ハゼの音が鳴り終わったらミディアムロースト。2ハゼの音が鳴り始めたらシティローストという目安があります。
また、2ハゼは鳴り始めから焙煎が進むにつれて音が大きくなりますので、①の豆の色と合わせて、より正確な焙煎状況を知るための要素になります。
③の「香り」でも、焙煎の状況を知ることができます。
前回のコラムで「焙煎中に起こっていることは、水抜きとコーヒーの成分を作ること」と解説しましたが、この経過を香りで推測することができるのです。
前半の水抜きの段階ではちょっと生臭さのある臭いがします。この段階を過ぎて1ハゼが来る頃になると、香りの質が段々と香ばしいものへと変わっていきます。
当店では、1ハゼが終わった頃の香りの出方をとくに重視していて、この段階でその豆が本来持っている「らしさ」が香りに出ていれば、順調に焙煎が進んでいると判断しています。
ご家庭での焙煎に使える要素は?
焙煎状況を知るための3つの要素は、ご家庭で手網やフライパンを使って焙煎する際にも役立てることができます。
焙煎機と違って手網やフライパンなら、豆の様子をじかに見られるので、豆の色や表面のしわの様子なども細かく観察することができます。
ハゼの音に関しては焙煎機の場合と変わりないので、こちらも状況を知るヒントになるでしょう。
もっとも違うのは、焙煎中に感じる香りです。
焙煎機は基本的に煙突などの排煙装置につながっているため、香りを知るにはテストスプーンを抜く必要がありますが、手網などの焙煎では、香りの変化もつねに感じることができます。
このため、前述した水抜きから風味の成分を作る段階への香りの変化もわかりやすく、焙煎を終えるタイミングの判断もしやすいと言えます。
ご家庭で焙煎を楽しまれている方の中には、この香りの変化と時間をリンクさせて、焙煎度合いをコントロールする方もいらっしゃいます。
本格的な焙煎機と違い、火力の安定や排煙などの問題点もありますが、そのぶん焙煎の状況を把握しやすいというメリットもあるので、これから焙煎を勉強したいという方は、まず手網焙煎から始めてみることをオススメします。
手網やフライパンでの焙煎については、以前コラムでご紹介していますので、ぜひそちらも参考にしてください。
関連記事:「フライパンひとつでOK! 手軽なご自宅コーヒー焙煎に挑戦してみよう」
ハンドピックは味を整えるための重要な工程
おいしいコーヒー豆に仕上げるため、焙煎に前後して行うもうひとつの大切な工程、「ハンドピック」についても少し触れておこうと思います。
「ハンドピック」とはコーヒー豆を目視でチェックして、不良豆を取り除く作業のことです。
虫に食われた豆や未成熟な豆、収穫後に発酵してしまった豆などの不良豆を手作業でひとつひとつ取り除くことから「ハンドピック」と言います。
こうした不良豆が混じったままにしておくと、雑味や渋みの元になったり、カビのような臭いもいっしょに抽出されてしまったりするため、全体の品質を落とすことになります。
コーヒーの品質を高め、おいしく安定した味わいに仕上げるためにも、ハンドピックは欠かすことができない重要な工程なのです。
スペシャルティコーヒーは、本来こうした不良豆の混入率がかなり低い上質なコーヒーなのですが、それでも不良豆が混じることは少なくありません。
また、農園によって混じっている不良豆に特徴や癖もあり、それはそれで興味深い部分でもあります。
ちなみに当店では、焙煎前と焙煎後の2回ハンドピックを行っています。
虫食い豆や発酵豆のように、黒ずんだ部分ができる不良豆は生豆の状態のほうが見分けやすいので焙煎前に、未熟豆は焙煎しても色が着きにくく、他の豆より明るい色になっているので焙煎後に重点的に見るようにしています。
今回は、焙煎そのものに関する要素についてご紹介しました。
まだまだ概論程度ですが、こうした情報を知ったうえでコーヒーを飲むと、そのコーヒー豆を作ったお店の特長や焙煎に対する考え方などもなんとなく感じることができて、より深くコーヒーを楽しめるのではないでしょうか?
自家焙煎をされているお店なら、今回ご紹介したようなことをお店の方に話題として振ってみるのも面白いですよ。
話好きの店主さんなら、きっとご自身の焙煎理論や心構えなど喜んで話して聞かせてくれることと思います。