「24時間365日、『飲みたいとき』にコーヒー豆が買えたら」。そんな想いを実現させたのが、埼玉県越谷市にある焙煎店「豆工房コーヒーロースト オリティエ」です。
店の外にある自動販売機に飲みものと一緒に並べられているのは、なんと店内で焙煎したコーヒー豆。インパクトのある自販機です。
店主の佐野惠一郎さんにお聞きして見えてきたのは、商売っ気だけではない、「ワクワク」を大切にするお店の愛されぶりでした。
目次
30種類のコーヒー豆に添えられた「ベストマリアージュ」の楽しさ
店内に入ると、まず目に入るものが樽に山盛りに入ったコーヒー豆。常時30種類取り揃えられた豆が、焙煎されるときを待っています。そのうち1種類は、旬のものなど、「今しか飲めない」限定品です。
コーヒー豆の名前のほかに、そのコーヒーに合うお供「ベストマリアージュ」が2種類ずつ紹介されているのがとてもユニークです。佐野さんは、以前スイーツ店で勤務されていたことがあったのだとか。その頃の経験も活かされているアイディアです。
「コーヒーは主役じゃなくていいんですよ。何かと一緒に飲んでもらう、その『何か』に焙煎店で出会えたら楽しいですよね」と教えてくれました。紹介されているスイーツには、「よもぎ団子」や「もなか」など、和菓子も多く含まれているのが特徴です。
「合う・合わないは味わい次第なんです。たとえば、苦味のしっかりとしたコーヒーには甘さの強いものが、すっきりした飲み口のコーヒーには軽い甘みのスイーツが合います。和菓子も意外と合うんですよ」(佐野さん)
30種類のコーヒー豆に対し、紹介されているスイーツの種類はすべて異なります。最後はさすがに頭を悩ませ、「たけのこの里」など固有のお菓子も選ばれました。「そういった少し抜けたところも、お客様に『あれっ』と笑ってもらうのにいいんじゃないかと思ったんですよ」。と、はにかんだ笑顔で教えてくれました。
焙煎の待ち時間には、1杯のコーヒーを飲みながらコーヒー話に花を咲かせて
オリティエでは、焙煎の待ち時間にコーヒーを1杯いただけます。
はじめてコーヒー豆を買う人のために、壁には「店主のお勧め」も。好みがわからない人は、まず「マイルド」に該当するものから選ぶのがオススメだそう。
豆を選んだら、さっそく焙煎に入ります。専用の焙煎機に入れ、10~15分程度自動で焙煎。この間に、サービスのコーヒーをハンドドリップで淹れてくれるのです。淹れ方のコツを聞きたい人は、ぜひこのタイミングがおすすめ。実演と共にわかりやすく教えてくれますよ。
コーヒーと会話を楽しんでいると、徐々にコーヒーの香ばしい香りが店内に立ち込めます。
頃合いを見て、仕上げは手作業で。
豆を少しずつ取り出しながら、焼き具合を確認し、完成したところで取り出します。
少し冷ましたあと、コーヒー豆を振るって余分な「チャフ」を取り除きます。茶色く舞っているのが見えるでしょうか。
今回、筆者は粉を希望したため、ミルで挽いてもらって完成です。
「すぐお金にならない」ことをやりたかった
店主の佐野さんが、オリティエを開店したのは2017年4月のこと。コーヒー業界に足を踏み入れたのは6年前。まずは川口の店舗で1年半ほど経験を積んだのち、浦和での新店立ち上げを機に店長として働いていたのだそうです。
オリティエは、前職時代のつながりを活かして開店。仕入れルートを引き続き利用させてもらうことで、30種類ものコーヒー豆を常時用意できる体制を整えています。
独立を決めたきっかけは、「店長といっても、雇われ店長だったので。裁量権が完全に自分にあるわけではなく、自分が本当にいいと思うことが自由にできなかった」からなのだそう。
「会社が重視するのは、今すぐに発生する利益です。会社を存続させるためには、確かに必要不可欠な視点ではあります。ただ、僕がやりたかったのは、今お客様が喜んでくれることなんです」
佐野さんがやりたかったこと。それは、SNSを活用した発信や、フリーペーパーの発行などです。こうした活動は、確かに今すぐに利益になるわけではありません。
「だから、会社には理解されなくて。『費用対効果は?』と聞かれてしまうわけですが、僕も会社側に出して見せられる数字をそのときに持っているわけではありません。でも、絶対やったら喜んでくれる自信がありました。仕方がないので、前職時代は自腹を切ってフリーペーパーを発行していました」
SNSが発達しているなか、紙にこだわる背景には「幅広い世代に届けたい」という佐野さんの想いがあります。
現在、オリティエを訪れる常連客の多くは40代。それ以上の年代の人も多く、日常的に目にする情報源が「紙」である人がたくさんいるのだそうです。
「クーポンやセールのお知らせも、現代ではSNSやホームページ、LINEやメールなど便利なツールが使えるんですが、オリティエではあえてハガキを使っています。来てくださる人たちに、きちんと届く手段を選びたいんですよね」
ちなみに、フリーペーパーは佐野さんの予想以上に評判がよく、片面モノクロだった第1号から、今では両面フルカラーに。店内に置かれたボックスに寄せられたコーヒーに関する質問を利用したQ&Aコーナーや、佐野さんがオススメするお店情報、クイズコーナーなど、読み応えのある内容です。
「僕、ラジオが好きで。ラジオって、テレビとは違って、パーソナリティーが自分に寄り添ってくれている感覚になりませんか? そんなラジオのような雰囲気を、このフリーペーパーで感じてもらえたらなあと思って、毎月せっせと書いています。なかには、ずっとファイリングして残してくださっている方もいるんです。恥ずかしいですが、嬉しいですね」
「焙煎店」への敷居を低く。2年越しで叶った「珈琲豆の自動販売機」
個人店には、はじめて入るときのハードルの高さがあります。特に焙煎店のように、客側にも知識が求められるのではないかと思う店の場合は、その傾向が顕著です。
「コーヒーは好きだけれど、豆に詳しくないから入りづらい。何となく個人店に入るのに抵抗感がある。そうしたお客様の心理的ハードルを下げるために、何かできないかと開店当初から考えていました。そこで思いついたものが、この春に店の前に設けた自動販売機です。野菜の自販機みたいに、コーヒー豆の自販機が作れないかなと思って」
思いついたのは、2年前の開店当初から。しかし、費用・自動販売機の仕様などで、なかなか実現ができなかったのだとか。
「野菜販売の自販機は、温度管理がコーヒー豆に不向きだったんです。そのため、ずっとアイディアを温めていました。今の自販機を提供してくれる会社さんに出会って、ようやく形になりました」
販売されているコーヒーは、豆・粉の2タイプ。すべて50グラム単位です。ジュースを買うときのようにお金を入れてボタンを押すと、ビンに入ったコーヒー豆が出てきました。
ビンはひんやり。しっかり冷蔵されています。焙煎された日付もしっかり記載。1週間以内のものを並べています。
「種類は入れ替える際に変えているんです。入れ替えたあとのコーヒー豆は、店内でお客様に提供し、無駄にならないようにしています」
ビンのふたには、「空きボトルを店頭に持参すると100円引き」のシールが。ゴミを増やさない工夫に加え、お客さんが店内に入るきっかけづくりとしても役立っています。
「自販機の役割はふたつあって、ひとつ目は新規のお客様への入店きっかけづくり。もうひとつは閉店時でもオリティエのコーヒーを買える環境を用意することです。オリティエは、僕ひとりで店を切り盛りしているため、イベントなどが入ると臨時休業をせざるを得ないときもあるんですよ。自販機を用意することで、お客様に無駄足を踏ませずに済みます。夜間や早朝、定休日でも買っていただけるのが、よかったなと思っています」
人との縁が、メディア取材を呼んだ
自販機の取り組みをきっかけに、オリティエは各種メディアにも取り上げられています。個人YouTuberが動画を撮りに取材に訪れたことも。メディア取材の多くが、人と人との縁をきっかけに実現したものです。
マスメディアである朝日新聞に取り上げられたのも、お客様との縁がきっかけでした。
「朝日新聞に掲載されたのは、常連客の方が実は朝日新聞の記者だったからなんです。開店当初から通ってくださっている方で、この春に自販機を置いたところ、『記事を書いていいですか』と打診してくださって。日頃お仕事のお話をしていなかったので、非常にびっくりしました。新聞だから届く層もまだまだ多くいらっしゃるので、嬉しかったですね」
そして、この新聞記事を紹介する、という思いもよらない流れで取り上げたのが、さいたまのラジオ局ナックファイブの朝の番組です。
「Twitterに通知がたくさん来ていて、何が起きたのかと調べてみたら、ラジオで記事を紹介してくれていたことがわかって。すぐにさかのぼって聴けるサービスを使って聴きました。こんなこともあるんだと思って嬉しかったですね」
メディアに取り上げられたことにより、嬉しかったのは前職時代のお客様から連絡があったことだといいます。
「割とバタバタと退職してしまったんです。『佐野さんはどこに行っちゃったの?』と気にしてくださっていたお客様も多かったらしく、『越谷で独立したんだね!』と連絡をくださったり、実際にオリティエに通うようになってくださったりする方が多くて。ありがたいですね」
次は、6月28日にテレビ東京系で放映される「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ」にも出演されるのだそうです。ぜひ、チェックしてみてくださいね。
これからも、もっと楽しめるお店に。「オリティエ」は佐野さんを表したお店
地元に密着した焙煎店として、今後は地元の店に豆を卸したり、地域のイベントに出店したりといった活動も行っていきたいと語ってくれた佐野さん。
自販機のメニューも、今後は豆や粉だけではなく、その場で飲めるコーヒーを提供できないかなど、常に頭のなかがアイディアであふれているようでした。
自分とお客様のワクワクを大切にしたオリティエ。最後に聞いた店名の由来にも、ユニークさが表れています。なんと、佐野さんの下の名前『Keiichiro』をさかさまにして読み、アレンジを加えたものなんだとか。
「おしゃれな響きで、覚えやすくて、かつコーヒーの専門用語ではないから、他店と店名が重ならない。検索されたときに確実にうちの店が出てきてくれる、そんな店名なんです」
ただコーヒー豆が買えるだけではなく、佐野さんと話す時間も味わえる場所。オリティエは何度も足を運びたくなる、おいしくて楽しいお店です。