「シリア」、そして「アレッポ」。この名前を聞いて、思い浮かべるのは何でしょうか。
内戦が起きて以来、今もなお落ち着きを取り戻すには至っていないシリアの地では、1000年の歴史を持つ無添加石鹸が作られています。その石鹸を、1994年から日本に輸入しているのが「アレッポの石鹸」です。
今回は、アレッポの石鹸の共同代表を務める太田昌興さんにお話をうかがいました。
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アウトロー3人が立ち上げた「アレッポの石鹸」
──「アレッポの石鹸」は、太田さんが立ち上げられた会社なのでしょうか。
太田 昌興さん(以下、太田):いえ、会社を始めたのは別の3人の男性たちです。どの方も、いわばアウトローな人で、働きながら副業をしていた人、世界中を飛び回って旅行をしていた人、今でいうフリーターといった人たちでした。彼らが1994年に立ち上げて、僕が入ったのは2000年10月。30歳の頃ですね。
──今では、肌や環境へのやさしさから石鹸を愛用する人が増加しているように思えますが、当時、なぜ「アレッポの石鹸」を立ち上げたのかはご存じですか?
太田:3人とも、既存の価値観に違和感を抱くような人たちだったんですよね。合理的な社会とか、経済を優先させるべきだという考え方に、息苦しさを感じていたんだと思います。そうした思考が、世界のユニークさに目を向けたんでしょう。ひとりは実際に世界中を飛び回っていたわけですしね。そこで出会ったのが、アレッポで作られているこの石鹸だったんです。
肌にいいし、その上1000年もの歴史がある。日本で売られている石鹸は規格通りのサイズに裁断されていますが、アレッポの石鹸はサイズもまちまち。香りも既存の石鹸とは異なります。そうしたことに惹かれたんでしょうね。
──立ち上げ当初は、どのようにして販路を拡大していったのでしょう。
太田:会社はアパートの一室。そこでサンプル品をカットして、まずは自然食品店に配っていました。使ってくれる人が増えるにつれて、良さが知られていきましたね。
──売れる確信はあったのでしょうか。
太田:いや、誰ひとりとしてなかったようです。ダメ元でやろうとしたそうですよ。
──太田さんは、どういったきっかけで「アレッポの石鹸」に携わることになったのでしょうか。自然食品や石鹸に興味があったんですか?
太田:いえいえ、僕はもともと油絵を描いていまして、絵を描きたくてバイトをしてたんですよ。そこで、「君にぴったりの仕事があるよ」と紹介されたのがアレッポの石鹸だったんです。
──願ったりかなったりの話だったのでしょうか?
太田:いや、全然乗り気じゃなかった。何かができるわけでもありませんでしたしね。だけど、もともとフリーターだったメンバーが1度決めたことは曲げない人でね、「入れるって決めたんだから絶対入れる、面倒見てやる」って言ってくれて。すごい怖い顔をした人だったんだけど(笑)それで、結局入れてもらい今に至りました。
──漢字の「漢」で「おとこ」といった方ですね。
太田:アレッポの石鹸の精神的支柱を作った人でね、男気がありました。ただ、入った僕がいきなり車をぶつけたりしたので、入れたことを後悔したこともあったと思いますよ(笑)アレッポのあるシリアには、内戦が起こる前に4度ほど行かせてもらいました。彼に育ててもらったといっても過言ではないと思っています。
──今、アレッポの石鹸を立ち上げた3人の方は……?
太田:別の会社を立ち上げたり、病気で亡くなってしまったりと、今はもう誰もアレッポの石鹸には残っていません。僕が共同代表取締役になったのは2014年ですね。
FAXでやり取りを行っていた時代から、内戦による工場壊滅、そして今
──アレッポの石鹸の特徴を教えてください。
太田:とにかく保湿性が高いことが特徴ですね。11月にオリーブを収穫し、2月頃までの間にアラブ人の手によって作られている石鹸です。月桂樹から取れるローレルオイルも配合されていまして、その割合によって、ライト・ノーマル・エキストラの3種類を取り扱っています。
──それが、1000年前から作られ続けてきた石鹸なんですね。
太田:昔は、石鹸づくりに必要なアルカリから手作りしていたんですよ。古文書に作り方が記されているんです。アレッポの石鹸が取引している石鹸職人のおじいさん、アデル・ファンサさんが二十歳、1950年頃までは、その古文書の作り方に則ってアルカリから手作りしていたのだそうです。
──輸入を始めた頃は、何でやり取りを行っていたのでしょうか。
太田:最初はFAXでしたね。今はメールが使えるようになったので、便利になりました。
──アレッポという名前は、アレッポの石鹸立ち上げ当初、日本人に耳馴染みのないものだったのではないかと思います。
太田:そうですね。シリア内戦という喜ばしくないニュースで、日本人には広く知られることとなってしまいました。
──内戦の影響についてお聞かせください。
太田:アレッポは壊滅的な被害を受けた地域です。アレッポ市では水道や電気が破壊されてしまい、石鹸が作れなくなってしまいました。2012年のことです。その翌年、2013年暮れも作れず、2014年に工場を今の場所に移転し、ようやく製造が再開できたんです。その後、移転前に製造していた工場は爆撃により大破しました。
──アレッポの石鹸側が苦労したことは何でしょうか。
太田:卸先とのやり取りですね。特に通販系は4ヵ月程度先の分まで商品を確保しておかなければならなかったため、工場が再び稼働できるまでが大変でした。
──工場を移転し、今は落ち着いているのでしょうか。
太田:おかげさまで、今は落ち着いています。
──治安面はいかがでしょうか。
太田:内戦が起き、拠点を移すまでの2012年暮れから2013年暮れ、また拠点を移した2014年当時は、武装集団による強奪の危険性があり、輸送は危険と隣り合わせでしたね。船に関しては問題がないのですが、その船まで運ぶ陸路が危ない。
モノの価値のほうが人命よりも高い場所なので、商品をモノ質にとって金銭を要求するんです。そんな場所で暮らしながら、石鹸職人たちは輸入用の石鹸を作ってくれています。
──日本にいると、テレビやネットの向こう側の世界の話になってしまいがちですが、関わられている太田さんの話を聞いていると、あらためて本当に今も起こっていることなんだと思わされます。
太田:今も日本からシリアへは自由に渡航もできませんからね。
僕たちはビジネスパートナーです。結果論でしかないんですが、対等な関係性が、彼らの誇りに繋がっているのだと感じています。その誇りが、彼らが生きていく上で非常に大切なものなんじゃないかなとも。もちろん、支援も必要ですし、大切だと思っています。
──尊厳や自尊心に関わってくる?
太田:そうですね。僕らの場合は、彼らに対価を支払い、石鹸を作ってもらわないと売るものがないので、本当に対等な関係性なわけですよ。
遠い日本の地で販売される石鹸を作り続けることは、支援を受けるだけの立場では得られない力があるのではないでしょうか。
太田さんに聞く「アレッポの石鹸」の使い方Q&A
「ライト」「ノーマル」「エキストラ」がある「アレッポの石鹸」。選び方や使い方までを太田さんに聞いてみました。
Q:アレッポの石鹸の選び方は?
A:おすすめは、ノーマルから始めること。その後、気に入ったらエキストラを試してみてください。ライトは刺激が少なく、突っ張らない軽い洗い上がりの石鹸で、こちらもおすすめではあります。ただ、ライトは月桂樹のオイル(ローレルオイル)の含有量が少ない石鹸なんですね。
アレッポの石鹸は現地で「月桂樹石鹸」と呼ばれています。そのため、アレッポの石鹸らしさを感じたい方は、ぜひ月桂樹の香りが楽しめるノーマルからトライしてみてください。
Q:使い方にコツはありますか?
A:手に石鹸を持ち、そのまま肌を滑らしてもOK。洗顔に使う場合は泡立てネットを使って泡を立てた方がよいでしょう。無添加石鹸の特徴として、汚れがないところで泡立つという点があります。汚れがあると、立てた泡が消えるんです。これはアレッポ石鹸以外の石鹸共通の特徴です。
Q:保存方法は?
A:ワイヤー製の水はけのよい石鹸トレイを使うことをおすすめします。僕は浴室にそのまま置いています。
Q:使用期限はありますか?
A:ありません。そもそも、固形石鹸には使用期限がないものなんですよ。アレッポの石鹸に関しては、5年ほど熟成した頃がいいという意見もあります。現地では、熟成が進んだもののほうが高値なんですよ。
Q:洗髪にも使えますか?
A:使えますが、キューティクルが傷んでいる人は、そもそも石鹸シャンプーが難しい傾向があります。
シャンプー後は、クエン酸リンスまたは市販の石鹸シャンプー用リンスを使用してください。クエン酸リンスの配合は、洗面器8分目のお湯にクエン酸を小さじ1杯程度です。
使ってみることでわかる、確かな良さ
今では、類似の石鹸も多く出回るようになった「アレッポの石鹸」。立ち上げた3人の誰もが日本の価値観では売れるとは思わなかったアレッポの石鹸は、使用者の「よかった」という実感を経て、多くの人に愛される存在になっています。
通販の他、実店舗でも販売されているアレッポの石鹸。遠いシリア・アレッポの地で作られている石鹸の良さ、ぜひ試してみてはいかでしょうか。
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※アレッポの石鹸は、本家アデル・ファンサ社の正規代理店です。
現在、多くの類似品が出回っております。ご注意ください。
撮影協力:【ナチュラルハウス】自然食品・自然化粧品・オーガニック