自社農園でのコーヒー豆の生産・精製から、国内における焙煎、さらに店舗で抽出し、お客様に提供される瞬間まで――。そのすべての工程を一貫して自社グループで行っている「GESHARY COFFEE」。
今回は都内にある焙煎ラボにお邪魔し、焙煎士の森威郎さんに「GESHARY COFFEE」ならではの焙煎への取り組みや、日々最高級のゲイシャ種と向き合うことの難しさ、今後の展望などをお聞かせいただきました。
森威郎 Takeo Mori
GESHARY COFFEE焙煎士 前職は、三次元のイメージを物理的に実現可能なデザインへと生まれ変わらせる“デジタルモデリング”の技術者。世界初のスペシャルティコーヒーマシン『FURUMAI』のデザインディレクションを担当したのち、自ら焙煎部門に立候補し、デジタルエンジニアから一転、アナログな焙煎士の道へ。現在はGESHARY COFFEE店舗開発部で焙煎士として腕を振るっている。 |
エンジニアから焙煎士の道へ
――以前はまったく別のお仕事をされていたと伺いました。
前職は、2次元の絵やイメージから3次元の立体データを作成する「3Dデジタルモデラー」と言う仕事をしていまして、当時開発中だったスペシャルティコーヒーマシン『FURUMAI』のデザインディレクションに関っていました。
『FURUMAI』のデザインも決まり一段落した頃に、焙煎事業が立ち上がると耳にしたんです。
じつは私、趣味で自宅焙煎に手を出すくらいコーヒーが大好きでして、こんなチャンスはそうそうあるものじゃない、絶対この事業に関わりたいと思って手を挙げました。
――すごい熱意ですね。不安はなかったんですか?
ずっとデジタルの世界で仕事をしてきて、毎日パソコンの画面と向かい合っていたのが、ある日突然コーヒー豆と焙煎機に変わったわけですからね(笑)。環境の変化に戸惑いはしましたが、不安というのはそれほどなく、むしろ楽しみのほうが勝っていたように思います。
でも、いざ焙煎するぞ! となったときの緊張感はすごかったですね。どれも生産量の少ない、希少価値の高い豆なので、絶対に失敗はできない。
配属されてすぐの頃は、毎日焙煎のたびに手を震わせて、人の話も聞こえないくらいガチガチに緊張しながらやっていたのを覚えています(笑)。
――今はもう慣れましたか?
作業自体には慣れはしましたが、緊張するのは相変わらずですね。やはり高級な豆ですし、ここに来るまで多くの方々が大変なご苦労をして、大切に届けてくださったものなので、その思いを1粒たりとも無駄にしないように、つねに緊張感を持って臨んでいます。
この焙煎ラボは、私も含め3名体制で動いていまして、ヘッドロースターは約20年のキャリアを持つベテラン焙煎士なんです。その方の指導の下で、しかも考えうる最良の環境で、焙煎士として仕事をさせていただいているということは、本当に身に余るほど幸せなことだと思っています。
――本当にステキな職場ですね。ここで働きたいと憧れる若手の焙煎士やバリスタも出てきそうです。
ありがとうございます。
ちょっとマニアックな話ですが、うちのラボで扱うコーヒーはゲイシャが中心なので、焙煎機もゲイシャ特有の華やかな香りを引き出すのに適したローリング社の完全熱風式のものを導入しているんです。
この焙煎機は、密閉されたドラム内にデジタル管理された熱風を循環させて焙煎するため、外気環境の影響を受けにくく、微妙なパワーのコントロールもしやすいので、焙煎の再現性がとても良いんです。テクニカルな焙煎にも向いています。
炎が直接豆にあたらないので焦げにくく、ゲイシャの魅力である繊細な香りを最大限に引き出すことができるんです。熱効率が良いので、CO2排出量も少なく環境に優しいのもポイントです。
――焙煎機も“ゲイシャ専用”なんですね。
そんな感じですね。
コーヒー豆の焙煎っていうのは、豆それぞれにベストな焙煎度合、ストライクゾーンみたいなものがあって、豆によってそのゾーンの広さが全然違うんです。
ゲイシャは、その香りを最大限に引き出すことのできるストライクゾーンがすごく狭い。ほんの少し焙煎しすぎただけでも、あの特長的な香りが失われてしまうし、だからといって慎重になりすぎて焙煎が足りないと香りを十分に引き出すことができないんです。
この両者の間、ギリギリのところを狙っていくんですが、このタイミングが時間にすると実質3秒くらいしかないんですよ。長くても、短くてもダメ。だから焙煎中は本当に一瞬たりとも気が抜けないんです。
――たった3秒ですか!? 迷ってるヒマはないですね。
そうなんです。
通常、焙煎というのは一連の工程をひとりでやるものなんですが、狙うストライクゾーンが狭すぎるので、焙煎機をコントロールする役と、豆の状態をチェックする役にわかれて、二人一組でやっています。
――焙煎の難しさはよく伺いますが、ゲイシャは特にシビアなんですね。
でも、この難しさを少しだけ引き下げるコツみたいなものもあるんです。そのひとつが環境。焙煎機もそうですが、焙煎を行う環境をつねにベストなコンディションに保ち、しっかり管理すること。
もうひとつは、焙煎に関わるすべての条件を一定にすることです。単純に作業の手順もそうですし、天気や気温、湿度、気圧といった周辺環境も毎日必ずチェックする。
実際の焙煎工程でも、焙煎機を何度に予熱しておくか、焙煎機に豆をセットするのは投入する何秒前にするか、といったところも徹底的に管理して、すべての条件をつねに一定の状態で焙煎を行うことで、ストライクゾーンを外してしまう可能性を減らすことができるんです。
不確定要素が少なければ少ないほど、焼き上がった豆のブレも少ないですし、わずかな味の変化も感じ取りやすくなる。仮に味や香りに差があれば、何が原因かの見極めもしやすくなる、というわけです。
ほんのわずかな差であっても、その原因をきちんと突き止め、理解することは、焙煎の技術を磨く上で欠かせないことだと思います。
――焙煎も今はデータ重視の世界なんですね。“職人の勘”とか“技”がまだまだ根強いのかと思っていました。
焙煎をコントロールすると言う意味では、職人の“経験”や“技”がかなり重要になってきます。その精度をより高く安定させるのが“データ”と言ったところでしょうか。
私自身、焙煎士としてのキャリアは浅く、技術や経験もまだまだですから、そういったところはうちのヘッドロースターに教わったり、FURUMAIアンバサダー(※)の皆さんにレクチャーを受けたりしながら日々勉強しています。
※)FURUMAIアンバサダーとは
世界初のスペシャルティコーヒーマシン『FURUMAI』の開発にあたり、アンバサダー(監修)として参画した著名なバリスタたち。世界のコーヒー業界を牽引するトップランナーたちが名を連ねる。
阪本義治 バリスタトレーナー/コーヒーコンサルタント 岩瀬由和 World Barista Championship 2016 準優勝 Japan Barista Championship 2014-2015 優勝 Berg Wu(台湾) World Barista Championship 2016 優勝 Stefanos Domatiotis(ギリシャ) World Brewers Cup 2014 優勝 Benjamin Put(カナダ) World Barista Championship 2015-2016 3位 Canadian Barista Championship 2014-2017 優勝 |
――世界チャンピオンが先生! それはすごく貴重な経験ですね。
FURUMAIアンバサダーの方々には、何度も味を見てもらったり、アドバイスをもらったり、本当にお世話になっています。
とくにバリスタ世界チャンピオンのBerg Wu(台湾)さんは、ご自身のお店で同じ型の焙煎機を使われていることもあり、すごく細かな操作のしかたとか、焙煎のコツなども教えていただきました。
世界チャンピオンに手取り足取り教えてもらえるなんて、普通じゃありえないですからね。本当に恵まれた環境を与えていただいて、ありがたいなと思っています。
最高の環境から「最高の一杯」は生まれる
――焙煎ラボ設立の経緯について教えてください。
元々は、「お客様に最高の一杯をお届けしたい」という想いからスペシャルティコーヒーマシン『FURUMAI』の開発がスタートしました。
ですが、『FURUMAI』の開発が進む中で、どれだけコーヒーマシンが優れていても、それだけでは「最高の一杯」は作れないことに気づいたんです。
そこで、どうせ最高を目指すなら、いっそ農園から始めようということになったんです。
そこからさらに話が発展し、コーヒー豆の生産から精製、輸送、焙煎、抽出、そしてそれを味わう空間作りまで、すべての行程で「最高」を突き詰めれば、本当の意味で「最高の一杯」を提供できるのではないか、という考えに至ったわけです。
焙煎ラボができたのもそうした流れからですね。
この方針は現在も「GESHARY COFFEE」の“Farm to Cup”という事業コンセプトとして生き続けています。
――「最高の一杯」を目指す上で、もはや焙煎所は不可欠だった、と。
そうですね。
農園でコーヒーノキを育てて、その実を収穫し、最終的に日本で一杯のコーヒーになるまでには、年単位のとても長い時間を必要としますが、その中で焙煎というのは時間にしたらわずか10分ほどなんです。
でも、その10分の時間はコーヒー豆に劇的な変化をもたらす工程でもあります。
どんなに素晴らしい生豆でも、焙煎に失敗すれば、まったくの無価値になってしまうことだってある。じゃあ、そんな重要な工程を安易に他人任せにしていいのか? と考えれば、自社焙煎ラボの設置は必然だったんだと思います。
重要な工程だからこそ、自分たちで試行錯誤して、どうしてそういう味になるのか、どうしてこういうことが起きるかをしっかり考え、理解しなければ、これからも「最高の一杯」を提供し続けることはできないと思います。
ゲイシャ以外の豆も焼いてみたいと思うことも……?
――焙煎士から見て、ゲイシャというのはどういうコーヒー豆ですか?
本当にすごく魅力にあふれたコーヒーだと思います。
皆さんもそうだと思うのですが、現状、コーヒーの世界って産地と味の傾向がなんとなくリンクしているような状況なんです。たとえばエチオピアなら華やかでフルーティ、ケニアは力強く風味豊か、みたいなイメージが定着していますよね。
――たしかに、まず目が行くのは産地ですね。
一方、ワインの世界では、品種によって味の傾向がだいたい決まっていて、少し詳しい方なら品種名を見れば、その味をイメージできる。
実際はコーヒーにも品種による味の違いはあるんですが、そこにスポットが当たることはこれまでほとんどなかった。
それがゲイシャ種の登場で、品種によってこんなにも味や香りが違うんだ、ということを多くの方に知ってもらう機会が訪れました。しかも素晴らしい個性を持っていて、本当に革命的なコーヒーだと思います。
皆さんも一度ゲイシャの味と香りを体験していただき、コーヒーの品種による違いと、その奥深さ、楽しさに気づいてもらえたら嬉しいですね。
――焙煎士としてゲイシャの素晴らしさを知った今、他の品種も扱いたいと思うことはないですか?
本音を言うと、そういう気持ちも少しあります。
ゲイシャ以外の品種もそうですし、いろいろな国や農園で収穫されたコーヒー豆を焼いてみたいという思いはたしかにありますが、でもその前に、まずはゲイシャを極めることが第一。
弊社はコスタリカの自社農園の他にも多くの農園と提携していて、それぞれが素晴らしいゲイシャを生産されています。
世界中のバイヤーたちが喉から手が出るほど欲しがる、最高品質のゲイシャばかりです。まずはそのゲイシャたちのポテンシャルを最大限に引き出せるようになること。それが今の私にとって、何より優先すべきことだと思っています。
――じゃあ、他の品種に浮気している場合ではないですね。
そうなんです(笑)。
といっても社内では、ゲイシャだけに囚われず、つねにさまざまなプロジェクトが動いていますので、たまにはゲイシャ以外のコーヒー豆に触れることもあるんです。
それでも比率で言ったら、ゲイシャ9割、その他が1割以下といったところですが。そうして毎日毎日ゲイシャばかり焙煎している中で、あるとき気づいたことがあるんです。
ゲイシャという品種は同じでも、生産された国や農園によって、けっこう性格が違うというか、豆自体が目指してほしいもの、出してほしいところが違っていて、それがなんとなくわかるようになってきたんです。
こういう風に焙煎してほしいから、こう精製してるんだ、みたいな。私の勝手な思い込みかもしませんが、最近そういうものを感じるようになりました。
実際、そういうのを意識しながら焙煎すると、それが焼き上がった豆の味に伝わるような気もするんです。
非科学的だというのはわかっていますが、それに気づいてからは単純に数値やデータだけを見るのでなく、あらゆる感覚も駆使して、豆と対話しながら焙煎している感じですね。
――以前、あるバリスタさんが似たようなことを仰っていたのを思い出しました。焙煎士さんの想いを感じ取りながら淹れている、と。
それに近いかもしれませんね。ただ、これはあくまで私の焙煎のやり方で、豆に関して焙煎ラボと店舗のやり取りはもっとわかりやすくなっていますよ。
毎回豆を送る際、『FURUMAI』での抽出コントロールや調整をしやすいように、今回の豆はこんな具合に焙煎していますよ、とか、味や香りの出方はこうですよ、みたいな詳細なデータを提供しているんです。
香りの傾向だとか、酸の明るさといったラボ側の評価も添えて。バリスタはその情報を元にレシピを作っていくわけです。
――日比谷店で提供されている数種類のゲイシャも、そうやってレシピが作られているわけですね。
はい、そのときどきの豆の仕上がりを見て、バリスタが一番おいしいレシピを考え、ご提供するようにしています。
――お店との連携、コミュニケーションはどのようにされているのですか?
今はまだ日比谷店がオープンして日も浅いので、部門とかあまり関係なく、「GESHARY COFFEE」の全スタッフで情報を共有、相談しながら、よりよい方向性、よりお客様に喜んでいただける商品ラインナップを模索している、という感じですね。
うちの焙煎ラボのメンバーで、前職はバリスタをしていた者がいるんですが、彼は店頭に立って接客することもあるんです。そこで直接お客様の声を聞いたり、提供されるコーヒーの味を確認したりして、情報を持ち帰ってくれるんです。
我々、焙煎ラボとしてはそのフィードバックがとても重要で、彼が持ち帰った情報をどうやって次の焙煎に活かすか、ということもつねに話し合っています。
――店舗と焙煎ラボで意見がわかれることはないんですか?
もちろんありますよ。
私たちが「これすごくいい!」と思って提案した豆が店舗側ではあまり評価されなかったこともありますし、実際に『FURUMAI』で抽出して、みんなで飲んでみたら「ちょっとイマイチだね」なんてこともありました。
――関わる人間が多いほど、好みもわかれるから意見を合わせるのは大変そうです。
その点はもうスタッフの皆さんも熟知していて、自分の好みは度外視で、品質だったり、豆自体の評価というものをしっかりやってくれていますので、我々もその評価を信頼しています。
また、どんなに評価が高くても、似たような傾向の味ばかりでは商品ラインナップとしてはダメじゃないですか。それではお客様にゲイシャの魅力も伝わらない。
自分の好みや考えを押し通したり、反対に誰かに遠慮して意見を控えたりしていては、本当の意味でいいお店にはならないので、スタッフ全員が広い視野を持ち、忌憚なく意見を出し合って、判断するように心がけています。
お客様との情報共有でゲイシャ体験をもっと楽しいものに
――ラボが店舗に提供している豆の評価や情報について、もう少し詳しく教えてください。
どこの農園で、どのように精製された豆か、といった豆の出自に関する基本的な情報の他に、ラボではどんな感じで焙煎をして、結果どう仕上がったのか、などレシピ作りに必要な情報はすべて共有するようにしています。
焙煎に要した時間や温度の推移などはグラフ化して共有しているんです。
焙煎の工程にはドライ、メイラード、ディベロップと大きくわけて3つの段階(※)がありまして、この各段階の温度推移をグラフのカーブで、化学反応を促進させるためにカロリー(熱)を加えたタイミングは青いエリアで確認することができます。
※)焙煎における3つの段階
ドライ:加熱によって生豆の中にある水分を蒸発させる段階 メイラード:豆の中の水分がほぼ抜け、コーヒーの甘さや香りのベースとなる成分を作り出す段階 ディベロップ:ショ糖のキャラメル化、酸の分解など、さまざまな化学反応が起こる仕上げの段階 |
――このグラフを見たことあります。お店でコーヒーを注文すると付いてくるフレーバーカードに載っていますよね?
はい、そうです。フレーバーカードに掲載しているグラフは、少し情報を簡略化してありますが、グラフ自体はそっくりそのままです。グラフの縦軸は温度、横軸は時間を表しています。
他にもフレーバーカードには、どこの国にある何という農園でいつ頃に収穫された豆か、どういった背景を持つ農園、豆であるか、『FURUMAI』ではどのように抽出されて、どんなフレーバーに仕上がっているのか、といった情報も載せています。
――すごく親切ですよね。自分が今どんなコーヒーを飲んでいるのかを知ることで、ただおいしいだけじゃなく、いつも以上に関心を持って楽しくいただけました。
ラボと店舗だけでなく、お客様ともこういう形で情報を共有することで、ゲイシャを味わうという体験がより深く、楽しいものになったらいいですね。そして、その体験を多くの人と共有してもらいたいです。
ゲイシャ未体験の方はもちろんですが、普段はそれほどコーヒーは飲まないという方にも、「GESHARY COFFEEに行ってみたい」と思っていただけたら、作り手としてこれ以上の喜びはないですね。
――では、最後に読者の方々へひと言お願いします。
ゲイシャコーヒーの魅力である香り、フレーバーを最大限に引き出すことをつねに心がけて、日々腕を磨き、焙煎しています。
コーヒー好きの方はもちろんですが、スペシャルティコーヒーやゲイシャにあまり馴染みのない方も、ぜひ一度、「GESHARY COFFEE」へ足を運んでみてください。「最高の一杯」をご用意して、いつでもご来店をお待ちしております。
デジタルモデラーから、憧れの焙煎士へとジョブチェンジを果たした森氏。
千載一遇のチャンスをその手に掴み取った氏の表情はつねに明るく前向きで、その瞳は希望の光に溢れていました。
データと感覚、デジタルとアナログの双方を巧みに使いこなす、新世代の焙煎士と焙煎ラボが生み出す「新たなゲイシャ体験」が果たしてどんなものになるのか。いやが上でも期待が高まります。