日本で初めてシアトルスタイルのカフェをオープンして22年。エスプレッソマシンツールの開発にも携わってきた齊藤正二郎さん。
Vol.1に続くVol.2では、新たに始めた事業や今後のカフェ業界について語っていただきました。
日本に輸入されるコーヒー豆は、味<形
──もともとコーヒーがお好きではなかった齊藤さんですが、現在はどうなのでしょうか。
20年以上コーヒーに携わってきて、おいしいと感じられたのは5、6年前ですね。イエメンのコーヒーを飲む機会があって、それがびっくりするほどコーヒー本来の香りや風味が感じられまして。初めておいしいなと思えました。
もともと、日本に輸入されてくるコーヒーの多くは、味よりも見た目を重視したものだったんです。輸入代理店である商社の判断ですが、見た目に敏感な日本人の気質を捉えていますよね。一方で、味のいいものは味の違いに敏感なイタリアやアメリカに輸出されるのが大半でした。
しかし、昨今は個人でもコーヒー豆を輸入できるようになったため、見た目よりも味を重視して取り寄せているところも増えてきました。以前と比べると、見た目に偏りがちだった状況が改善されてきたのではないかと思っています。
味って難しいんですよね。昨今の日本ではシングルオリジンが、もてはやされがちですが、これは裏を返すとブレンドが難しいからでもあるんです。ブレンドは複数種類の豆を混ぜて味を安定させなければいけませんから。これが難しいために、シングルオリジンを扱う人が多いんです。
コーヒーの大会の審査方法からも、世界との違いが見られますよ。世界大会だと、審査員がみんなコーヒーを飲み干しちゃうんです。一方、日本ではカッパーが味を見ていて、全部は飲まない。それで味がわかると思っている人たちが審査をするのが日本のコーヒー業界です。
私は、少し凝り固まっているなと感じています。だから、技術を試行錯誤してきた人よりも、”かっこいい”の独り歩きでいってしまうファッション的な人が増えていく。
──最近では、「スペシャルティコーヒー」も多く見かけます。
スペシャルティコーヒーも、「スペシャルティ」が独り歩きしている感じがしますね。そもそも、コーヒー豆のほとんどはスペシャルティになれないわけじゃないですか。ブランドをつけることでおいしいと感じられるわかりやすい基準を作っているように思えます。
日本人の多くは、なかなか自分の力で好きなものを決められないんですよ。だから、わかりやすいものや確実そうなものを選ぶ。スペシャルティコーヒーもそのうちのひとつですよね。流行しているものに何となく乗っかるのも国民性なのではないかと思います。「みんながいいと言っているから、いいものなんだろう」と選ぶ。
一方、海外では自分の基準でいいものを選ぼうとする人が多いように感じます。たとえばアメリカでは、おじいちゃん、おばあちゃんがやっている小さな定食屋に朝5時から並ぶ人がいるんですよ。何もメディアに取り上げられただとか有名だからだとかいうわけではなく、自分の判断で自分が好きだと思ったものを選び取れる力があるわけですね。私は、そういう生活こそが裕福で味があるものだと思っています。
かっこよさへの憧れだけでは生き残れない
──これから、新たにカフェを始めたい人、コーヒー業界の仕事に就きたい人も多いと思います。長く業界で活躍し続けている齊藤さんから、何か伝えたいことはありますか?
知識と経験を身に着けることが、長く生き残るための秘訣だと思います。今の子たちは、コーヒー豆の基礎知識を何も知らない状態で、「コーヒーはフルーツだ」と言い切ることが多いんです。この表現はずるいんですよ。フルーツだと言っちゃうと、コーヒーをよく知らない人を、だませますから。こうした小手先の表現を使って、”わかった風”を装うのではなく、まずは自分自身がおいしいと感じられるものを判断できるようにすること。そのためには、本当においしいものを食べなければいけませんよね。
コーヒーの技術って本当に難しいものですから、大衆が賢くなっていくにつれてメッキが剥がれてしまう人が多いんです。うんちくをかっこよく語りたいがために、農業を何も知らないのに農業に関することを話してみたり、いかにも正しそうなことを言っちゃったりする人もたくさんいます。語ること自体は悪いことではありませんが、土台となる知識や技術がなければ、長くやっていくことは難しいでしょう。
こういうことをいうと、若い人たちからは「昔の人が言うことだから」と言われてしまうかもしれませんが、かっこいい面への憧れや内装のオシャレさだけでは長く続けるのは厳しいと思います。コーヒーだけではなく、さまざまなおいしいものをたくさん食べながら自分の軸を作っていってほしいですね。
技術に関しても、どんどんコンピューター制御がなされるようになっているため、始めるハードル自体は下がっています。労働人口は減る一方ですから、コンピューターの活用はいいことだと思っています。しかし、その道のプロになりたいのであれば、最初は自らの手でやれるようになるステップが重要なのではないでしょうか。
──今後目指していくことについてお聞かせください。
店舗をどんどん増やすのではなく、今後も生き残っていける方向に力を入れていきたいですね。農園もこれからですから、チャレンジしていきたいと思っています。
コーヒーに関わる全工程をやりたい
──ハワイの農園を所有しているとお聞きしました。なぜ農園をはじめることに?
ハワイに農園を持って、まだ4年くらいかな。産業には第1次、2次、3次……とありますが、そのすべての工程を行い、かつ機械作りにまで携わっているところはコーヒー業界には少ないんですよ。だからこそ、チャレンジしたいという思いがあって始めました。
ゼロから全く新しいことへ挑戦することは、私のDNAの刻まれている「モノづくり精神」を駆り立ててくれますね。
現在、農園ではコーヒー業界で人気を集めている品種「ゲイシャ」を加えてテストをおこなっています。栽培場所を変えるだけで味が変わるんですよ。土が変わりますからね。ハワイ島で作ったゲイシャも、また別の味わいになるでしょう。
──農園についてもう少し詳しくお聞かせください。
すでに出来上がっている農園を購入したわけではなく、何もないジャングルを切り開くところから始まりました。
ダブルトールの農園は、ただ流行りのゲイシャやら幻のポワントゥを植えて品種のユニーク性をアピールしているのではなく、他とはかなり違ったアプローチでコーヒー栽培をおこなっています。
私の農園の他とは違う特徴は、日本農業の叡智を活かした農業です。つまりコーヒーの味を変える農業をしています。イチゴが酸味だけではなく甘みが強かったり、りんごに蜜が入っていたり、トマトがフルーツのような甘みをもったりしているのは、世界の中でも日本の農業だけなんですよ。
──確かにそうですね。
コーヒーは、種を食する非常にまれな食材です。コーヒーは豆を炒って細かくし、お湯で抽出して飲む非常にユニークな飲料です。
コーヒーは、メイラード反応により褐色するのですが、その大事な要素がアミノ酸です。そのためにはコーヒーのタネの部分にアミノ酸を届けなければいけません。しかしアミノ酸を植物にそのまま与えても根は吸収できずタネまで行き届きません。アミノ酸が大きすぎて根の膜を通ることができず浸透できないからです。
私は、"アミノ酸を如何にコーヒーのタネ(豆)に含ませるか?" がコーヒーの味を変える近道だと考えています。私たちの農業は、ハワイ島のマウナケアのミネラルを含む火山性の土壌の助けも借りながら、フルーツと言われる果肉にエネルギーを奪われずにタネの成長を促進させて、アミノ酸・ショ糖の含有を上げるユニークな農業をやってます。
──コーヒーにはアミノ酸が重要なのでしょうか?
専門的な話になりますが、植物(コーヒー豆に)がアミノ酸を吸収できるようにするためには、土壌微生物を活性化させて、木の中に送り込ませることが大切です。
そして木の中に入ったアミノ酸を、新たに発見された「エンドファイト」の効果によって、土壌の微生物を活性化させることが大事です。これによりアミノ酸を種に多く運ぶことになるのです。(エンドファイトとは=植物体内に生息しアミノ酸を体内で運ぶ役割を持つ微生物。エンドEndoは内部、ファイトは、Pyte菌)
肥料で植物に足りないものを与えるのではなく、植物本来を元気にして、意味のある味の要素を育成をする……。つまり、コーヒーのタネを炒ったときに、おいしくなる為の試みに挑戦している農業が、他のコーヒー農園とは違うダブルトールの農園の特徴なのです。
──なるほど。とても興味深いです。
私にとって、今コーヒーをおいしいと聞こえるためによく例えられる“コーヒーはフルーツ”という表現には感心しません。フルーツの部分は廃棄しますからね。美味しい種を私は育てているのです。
今までに植えた本数は2000本。最終的には8000本を植えます。現在は、まだまだ収穫できる木は、たった300本ですが、毎年2000本を植え、土地を改良して世界一の種を育てる農園を目指しています。
またハワイ島に「ダブルトール Hilo」をヒロのダウンタウンにオープン予定です。
コーヒー業界の歴史と現状について、日本のみならず世界に関してもたっぷり語ってくれた齊藤さん。「コーヒーをおいしいとは思ってはいなかった」というのが嘘のように、コーヒーの味の魅力が伝わってくるインタビューでした。
差別化や生き残りが難しいといわれるカフェ業界で、20年以上生き残ってきた齊藤さんのダブルトール。農園やチョコレートづくりなど、今後の展開からも目が離せない存在です。