コーヒー好きの方なら自分好みの味や銘柄など、きっとよくご存じだと思います。
なかにはコーヒー豆の産地や焙煎度合、精製方法なども熟知され、自分にとって「これがベスト!」というコーヒーが決まっている方もいることでしょう。
でも、その「ベスト」はあくまで個人的なもの。すべての人にとって「ベスト」であるとは限りませんよね?
また、単純に味の好みだけでなく、消費者と生産者、その立場の違いによっても「良い」と感じる基準は大きく変わるはずです。
今回はいつもと少し視点を変えて、さまざまな立場での「より良いコーヒー」について、いっしょに考えていきましょう!
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消費者にとっての良いコーヒーとは?
まずは身近な消費国の立場から見てみましょう。
消費者の皆さんにとって「良いコーヒー」の条件って、どんなものでしょうか?
真っ先に思いつくのは「おいしいこと」ですよね。同時に「手頃な価格であること」も消費者にとっては大事です。
おいしさについては、味や香りの好み、淹れる環境、求める質の高さなどに個人差はありますが、ここではそれらの総体的な評価として「おいしさに対する満足度」としておきます。
その満足度と手頃さが高いレベルでバランスが取れていると、多くの消費者は「これは良いコーヒーだ」と感じるのです。
どんなにおいしいコーヒーでも、その人にとって「高い」と感じる価格であれば、手に取ってもらえる可能性は低い。
反対にどれほど価格が安くても、おいしいと感じなければ、やっぱり買ってもらえません。
味や価格に対する考え方、感じ方は人それぞれですが、この両面でより満足度の高いコーヒーこそ、消費者にとっては「良いコーヒー」と言えるでしょう。
自家焙煎店にとっては?
では、同じ消費国でもコーヒー豆を販売する人にとっての「良いコーヒー」とはどんなものでしょうか?
私のような生豆を仕入れて焙煎し、販売している「自家焙煎店」のケースを考えてみます。
自家焙煎店にとっての「良いコーヒー」は、消費者と同じで「おいしいこと」と「手頃な価格であること」です。
ただし、おいしさについては消費者と少し見方が異なり、「おいしいコーヒーを作る素材として十分なポテンシャルを秘めていること」が大事な条件となります。
そのポテンシャルを見極めるための作業が「カッピング」です。
私たち焙煎士は「より良いコーヒー」との出会いを求めて、年間に何百種類、ときには何千種類ものコーヒー豆を「カッピング」しているのです。
運よく期待できそうなコーヒー豆と出会えたら、今度は価格とのバランスを考えます。
どんなにおいしいコーヒー豆でも価格が高ければ、仕入れることはできません。無理して仕入れても販売価格が高くなれば、当然手に取るお客様も少なく、売れ残ってしまうからです。
つまり、自家焙煎店にとっての「良いコーヒー」とは、生豆のポテンシャルと仕入れ価格のバランスが取れていて、自分の店で売りやすいコーヒー豆ということになります。
仕入れ、販売ともに無理がなく、お客様にとっても高い満足度が得られるコーヒーこそ理想というわけです。
おいしさにこだわる生産者は意外に少ない!?
今度は視点を大きく変え、生産者にとっての「良いコーヒー」とは何か考えてみましょう。
コーヒー農家にとって何より重要なのは「手間がかからないこと」と「たくさん収穫できること」です。
「いやいや、おいしさも大事でしょ!」と思われる方もいるかもしれませんが、大多数の生産者にとって「おいしさ」は、前出のふたつの条件ほど優先度は高くありません。
味や品質にこだわっているのは、おもにスペシャルティコーヒーを手掛けているごく一部の農園で、コーヒー全体の生産量から見れば、わずか数%にすぎないのです。
もっとも流通量の多いグレードである「コマーシャルコーヒー」は、生産地の農協やバイヤーが買い上げるケースがほとんどですが、その取引価格は決して良い条件とは言えず、生産者の生活水準が向上しない原因ともされています。
そのため多くの生産者にとっては、少ない手間でたくさん収穫できる品種こそがベストというわけです。
最近ではコーヒー豆の質を向上させ、単価を上げようと考える生産者も増え、生産性よりも風味の良さを重視する傾向も徐々に広まりを見せています。
しかし、この方向転換には設備投資も欠かせないため、生産現場にとっては今後の大きな課題となりそうです。
消費国と生産国の意識の格差
こうした消費国と生産国の条件の違いを意識すると、いくつかの動きを読み解けるようになります。
例1:品種「ティピカ」について
ティピカという品種はアラビカ種の中でも原種に近いもので、代表的なものにハワイコナやブルーマウンテンなどがあります。
日本でも根強い人気がありますが、その生産量は少しずつ減ってきている状況です。
ティピカは、樹高が3~4mほどになる高い木ですが、その割に実付きが悪く収穫量は多くありません。また、コーヒーの天敵である「さび病」への耐性が低く、罹ると枯れてしまいます。
生産者からすれば、手間がかかる上に収穫量も少ない、つまり「良いコーヒー」とは言い難い品種なのです。
このため、植え替え時により収穫量が多い品種に替えられるケースも少なくありません。
消費国では高い需要がありながら、生産国はそれに応えることが難しい、というもどかしい状況が現在も続いているのです。
例2:精製方法「ナチュラル」について
ナチュラルは、摘み取ったコーヒーの実を果肉をつけたまま天日乾燥をする精製方法です。
こうすることで果肉を発酵させ、フルーティで特徴的な風味のコーヒーを作ることができるため、スペシャルティコーヒーでは高い人気を誇っています。
しかし、ナチュラル特有の発酵臭はコマーシャルコーヒーでは「出てはいけない風味」とされてきました。
とくにブラジルでは長年、この風味が出ないようにチェックをする人の資格があるくらいです。
それが最近になって消費国側から「個性があっておいしい」と高評価を受け、「良いコーヒー」としてさらなる供給を求められるようになりました。
こうなると生産国側としては作らないわけにはいきません。今ではスペシャルティコーヒーの生産者の間でも、ナチュラルの「発酵臭」は好印象の風味として共有されています。
かつては欠点だったものが、価値観の変化によって「良いコーヒー」の条件になる。これはその象徴的な一例と言えるでしょう。
自分にとっての「良いコーヒー」とは
消費者、生産者、それぞれの視点から「良いコーヒー」について考えてみましたが、やはり立場によって「良い」の基準はかなり違うようです。
とくに消費する側は、コーヒー豆を選ぶ動機や理由、淹れ方、味や香りの好みも一人ひとり違うため、「良いコーヒー」の基準は「飲む人の数だけいる」と言っても過言ではありません。
インターネットや書籍などでコーヒーの淹れ方を見ていると、まったく同じ条件で淹れている人はほとんどいません。不思議なことですが、それも「良いコーヒー」の基準の違い、というわけです。
食べ物やファッション、お金に対する価値観が変わっていくように、「良いコーヒー」の条件も変化します。
自分にとってどんなコーヒーが「ベスト」なのか。いろいろ試して納得できる一杯を探してみてはどうでしょうか?