私の幼馴染がようやくダメ男との恋にピリオドを打った。その年月約7年。恋といっても、結局付き合っているか付き合っていないかわからない状況のまま、ダラダラと続いていた関係だったんだけどね。

 

この前、幼馴染と吉祥寺にあるお気に入りのカフェでランチをしていた時のこと。私がコーヒーに口をするやいなや、いきなりこう言ってきた。

 

幼馴染「ねえりか。あんたはずっと“断固反対!”って言ってきたから大賛成だろうけど、私、彼と関係を断とうと思う」

 

りか「大賛成は大賛成だけど…… でもなんで急に。今更どんな心境の変化があったの?」

 

幼馴染「いやぁ。聞いてくれる……?」

 

二人の出会いはまだ20代の頃。幼馴染の彼女は、都内で美容師とヘアメイクをしているバリバリのキャリアウーマン。そんな彼女が恋をしたのは、元々は一流企業から独立した新進気鋭の若手社長。私もかなり前に一度会ったことがあるんだけど、誰がどう見てもノリに乗ってるイケイケの社長だったの。おまけに顔が、幼馴染の超タイプ()

 

幼馴染は一人っ子。そして地元では、家族が美容院を経営しているという環境からか、「いつか私が家族をしょって立たなくちゃ」という責任感と、「そのためには、お金に余裕のある人と一緒になりたい」という望みがあったの。

 

その2点からしてみても、彼は幼馴染の理想通りの人だった。彼も案外まんざらではなさそうで、「付き合うなら他のやつだけど、結婚するならお前だよ」みたいなことを言ってたんですって。でも付き合ってないんだけどね? 私からしてみたら、どういうことよ? って感じだったんだけど。

 

でも、事態は一気に思わぬ方向に。ある日突然、彼がインサイダー取引で逮捕されたの。

 

親戚に警察のいる幼馴染としては “前科” のある人との結婚はなかなか許されることではない。「でも、彼のことを信じたい気持ちが捨てきれない」と泣いた幼馴染は、なんだかんだ言いつつも彼が先日おつとめを終えて帰ってくるまで、彼のもとへ通い続けたの。

 

たぶん、3年くらい通ったんじゃないかしら。彼が求める本をたくさん買って、何時間も待ってから会える時間は、格子を挟んでたったの30分程度らしい。

 

そんな健気な彼女に感動すら覚えた私(だって、昔なんて一人っ子のわがまま放題だったんだから(笑))昔を知っているからこそ、私はもう、幼馴染が幸せならその人と一緒になってもいいのかなと思い始めていたの。

 

でも、現実って残酷よね。出所してきた彼は、以前にも増して、なかなか最低な感じに仕上がってきていた。出所して幼馴染と初めて外の世界で会った時、せめて「これまで本当にありがとう」くらいは言ってくれるだろうとはかすかに期待していた彼女。でも開口一番、彼が言い放ったのは、彼女にKOをくらわすような一言だった。

 

インサイダー男「俺は悪くない。悪くないのに捕まった。でも、この牢屋に入っている数年間、俺はものすごい頑張った。お前が届けてくれた本を片っ端から読み漁って勉強して、俺は、入所前よりも凄くなったって思ってる」

 

幼馴染「あ……うん。よく頑張った、ね?」

 

インサイダー男「うん。それで早速なんだけど、このコップに入っている水さ、お前には多く入っているように感じる? それとも少なく感じる?」

 

幼馴染「え?……うーん、多い、かな?」

 

インサイダー男「そうじゃないんだよ! これを多いと感じるのは、お前の感覚だけであって、本当はそうじゃないかもしれない。一般的な価値観に捕われるんじゃなくて、もっと広く物事を見る必要があるんだ。価値は、人それぞれなんだから(どや顔)。俺はね、こうやってあの独房の中で価値観を広げていったんだよ。だから今、この日本の誰よりも視野を広く見渡せていると思う」

 

その男の左腕には、いつか幼馴染が頼まれて渡した“自己啓発本”が……。

 

幼馴染は、逮捕されたことより何よりも、その言葉にやられた。長い長いひたむきな恋が、幻滅という言葉で終わった瞬間だったの。

 

私、思うのよね。

今日は幼馴染の心境も代弁させてもらうわね。

 

ねえ、そこのくそ男。そんなこと、大人になったら誰でも知ってるっつーーーーーの。いちいち言葉にする必要もないくらい当たり前のことだっつーーーーーの。価値観は人それぞれで、その中でみんな生きていることは当然すぎること。当然すぎることだから、誰も言葉にしないだけ。

 

それをわざわざ言葉にしちゃった自己啓発本を読んで、自分も偉くなったような気になっているあなたって、かなり恥ずかしいわよ。

 

腹が立つからもう一回言うわね。

 

そんなこと、誰でも知ってる。

 

それより前に、あなたの家族や幼馴染に伝えるべきたった一言に気が付けないあなたは、自己啓発の前に“人の優しさ”に気づく心の豊かさが必要みたいね。

 

信頼していたはずの友達すらも一度もこなかったというあなたの元に、家族と幼馴染だけは会いに行きつづけた。それがどれだけのことなのか彼が気づく日は来るのかしらね。

 

いつかでいい。いつか、気づけますように。

 

 

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